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昼休み。
件名を見た瞬間、心臓が一拍強く跳ねた。
《配属先決定のお知らせ》
指先が少し冷える。
落ち着いて、と思いながら、
画面をタップする。
スクロールする勇気が、ほんの一瞬、持てない。
深呼吸。
――桜宮中央図書館 本館
文字が、はっきりと目に入る。
……え。
もう一度、読み直す。
桜宮中央図書館 本館。
間違いじゃない。
喉の奥が、きゅっと鳴る。
ヒアリングの日。
「桜宮駅周辺に転居予定です」
そう言った、自分の声を思い出す。
あのときの決意が、ふっと胸に蘇る。
報われた、なんて言うと大げさかもしれない。
でも。
ちゃんと、届いていた。
椅子にもたれて、そっと息を吐く。
よかった。
本当に、よかった。
通勤も無理がない。
悠さんの職場からも遠くない。
新居の話も、現実になる。
涙が出そうになるのをこらえて、
スマートフォンを手に取る。
迷わず、電話をかける。
コール音が、やけに長く感じる。
『どうした』
いつもの声。
それだけで、少し笑ってしまう。
「……決まりました」
『うん』
「桜宮中央図書館、本館です」
一瞬、沈黙。
それから。
『マジか』
小さく、息を吐く音。
『すげえじゃん』
その声が、いつもより少しだけ柔らかい。
「桜宮から、通えます」
自分でも分かる。
少しだけ、誇らしげな声。
電話の向こうで、ふっと笑う気配。
『そっか』
『ちゃんと、言ったんだな』
胸が、じんわり熱くなる。
「はい」
それだけで、伝わる。
どこでもいいって言ってくれたことも。
それに甘えなかったことも。
『おめでとう、朱里』
名前を呼ばれるだけで、
涙が滲みそうになる。
「ありがとうございます」
声が少し震えているのが、自分でも分かる。
『今日、なんか食いに行くか』
「え」
『祝いだろ。初配属』
くすっと笑う。
「はい。……悠さん」
『ん?』
「私、頑張りますね」
『知ってる』
その一言で、全部ほどける。
私はもう、ひとりで決めるだけの人じゃない。
でも。
ちゃんと、自分で選んだ。
桜宮中央。
そこから、始まる。
通話を切ったあと、
もう一度、画面を見つめる。
桜宮中央図書館 本館。
静かに、胸に手を当てる。
大丈夫。
私は、ちゃんと歩いてる。
悠さんと、一緒に。




