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夜、ひとりの部屋。


ヒアリングの日程が書かれたメールを

何度も読み返していた。


『希望勤務地・通勤可能範囲について』


指先が、無意識に左手の薬指に触れる。


あの時の、悠さんの言葉。


軽く言ってたけど、本気だった。


「お前となら、どこでもいい」


その言葉が、胸の奥で何度も反芻される。


どこでもいい。


そう言ってくれる人だから。


だからこそ。


甘えちゃだめだ、と思った。


悠さんは、きっと本当にどこでもいい。


通勤が少し遠くなっても、

朝が少し早くなっても、

文句なんて言わない。


でも。


私は、言わせたくない。


“どこでもいい”って言葉に、

全部預けるみたいなこと、したくない。


私は、悠さんの隣に立つんだから。


守られるだけじゃなくて、

ちゃんと、支える側にもなりたい。


深呼吸する。


来春結婚予定。

桜宮駅周辺に転居予定。


悠さんの職場は、あの辺りから通いやすい。


だったら。


私が、そこを基準にすればいい。


それだけのこと。


それだけの、決意。




ヒアリング当日、小さな会議室。


緊張で喉が少し乾く。


担当者が、柔らかく微笑む。


「通勤可能範囲を教えてください」


一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、

頭の中にいくつかの選択肢が浮かぶ。


でも。


私は、まっすぐ顔を上げる。


「来春結婚予定で、桜宮駅周辺に転居予定です」


自分の声が、思っていたより落ち着いている。


「桜宮駅から公共交通機関で一時間以内であれば

通勤可能です」


担当者が頷く。


「承知しました」


それだけ。


それだけなのに。


胸の奥が、じんわり熱い。


会議室を出て、

スマートフォンを取り出す。


《ヒアリング終わりました》


すぐに返信がくる。


《おつかれ。どうだった?》


少し迷ってから、打ち込む。


《桜宮から通える範囲って言いました》


既読がつく。


少し間。


《そっか》


《ありがとう》


たったそれだけなのに、

涙が滲みそうになる。


ありがとう、なんて。


私が勝手に決めたのに。


でも。


その言葉で、分かる。


ちゃんと伝わってる。


“どこでもいい”に甘えなかったことも。


“隣に立つ”って決めたことも。


スマホを胸に抱える。


まだ何も決まっていない。


配属も、新居も、これから。


それでも。


私はもう、ひとりじゃない。


桜宮から。


ふたりで、始める。


そう思えた。




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