58
朱里の部屋。
さっきまでの静かな帰り道が嘘みたいに
部屋の空気が少しだけ熱い。
冷蔵庫から缶を取り出す朱里を見て、俺は思わず言う。
「……お前また記憶無くすぞ」
一歩引いた目で見る。
前科がある朱里はぴたりと止まる。
「酔ってません!」
頬がすでに赤い。
「さっきの人なんなんですか」
始まった。
「仕事の先輩」
「絶対悠さんのこと好きです!」
「背が高くて、ヒールの似合う、大人の女性でした……」
言葉が少しずつ小さくなる。
「私とは全然違う……」
視線が落ちる。
ああ。
そこか。
慌てる。
「何勝手に比べてんだよ」
朱里は唇を噛む。
少し俯いて。
落ち込む流れかと思った、その瞬間。
「でも」
顔を上げる。
目が、強い。
「悠さんは“私”が好きなんです」
「……は?」
「実は私の身長が低いとこ気に入ってるの
私知ってます!」
ふんすと朱里が胸を張る。
さっきまでの沈み顔どこ行った。
拍子抜けして、思わず笑いそうになる。
「……なんだそれ」
「だって、ちっさいってよく言います」
「それは」
「今日も言いました」
確かに。
言った。
「だからきっと好きなんです」
理屈が謎すぎる。
でも目は真剣。
「ヒールの人より、私の方がしっくりくるんです」
自信満々。
なんだそれ。
笑いがこみ上げる。
「お前ほんと」
「なに笑ってるんですか!」
むっとする。
かわいい。
「いや、落ち込んでたんじゃねえのかよ」
「落ち込みました!」
「でも悠さんは私のです」
「…悠さんは、うちのやけん」
方言。
無自覚。
まっすぐな目。
「……今なんて言った」
低くなる声。
朱里は気づいていない。
「だから、悠さんはうちの――」
言い切る前に、腕を掴む。
引き寄せる。
距離ゼロ。
「自分が何言ってるか分かってる?」
「わ、わかってます」
強がる。
でも目が揺れてる。
「俺のって意味だぞ、それ」
「はい」
なんだこいつ。
理性、削る天才か。
「さっきまで大人の女性とか言ってたくせに」
「だって悔しかったんです」
「でも悠さんが選んでるのは私です」
胸元に手を当てる。
「だから勝てます」
勝ち負けじゃねえ。
「うちのやけん」
もう一回。
完全に殺しにきてる。
深く息を吐く。
「……お前ほんとさ」
額を軽く押し当てる。
「理性試すのやめろ」
「なんのことですか」
とぼける。
絶対分かってる。
小さい体を抱き寄せる。
すっぽり腕の中。
これが、俺の選んだ距離。
「大人の女性がなんだ」
耳元で言う。
「俺はこれがいい」
ぎゅっと、少しだけ強く。
朱里が小さく息を飲む。
「……ほんとですか」
「何回言わせんだよ」
「だって」
少しだけ上目遣い。
やめろ。
「私、ヒール似合わないし」
「いらねえ」
「背も伸びません」
「そのままでいい」
静かになる。
朱里が、小さく笑う。
「じゃあ」
「ん?」
「悠さんはうちのやけん」
三回目。
もう、無理。
思わず強く抱きしめる。
「……あんま煽るな」
朱里が小さく笑う。
「余裕ないですね」
「お前相手だと、ない」
そのまま、そっと額にキス。
唇まではいかない。
ギリギリ止める。
「今日は酔ってねえんだろ」
「酔ってません」
「なら覚えとけ」
「なにをですか」
耳元で。
「俺はお前のだってこと」
朱里の顔が、ゆっくり赤くなる。
「……知ってます」
小さく。
満足そうに。
ああもう。
ほんと、敵わない。




