表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/157

57




休日の午後。


デートの途中でスマホの着信音が鳴る。


悠さんの表情が少しだけ変わる。


「今ですか?……はい、わかりました。向かいます」


仕事の声。


私の知らない、少し低い声。


通話を切って、こちらを見る。


「ごめん。ちょっと会社寄っていい?

すぐ終わらせるから近くのカフェにいて欲しい」


迷いがない。


断れない事情なのも、分かる。


「はい。大丈夫です」


笑う。


ちゃんと。


でも、ほんの少しだけ胸がざわつく。


――休みの日なのに。


会社の前のカフェ。


窓際の席から、ビルの出入り口が見える。


コーヒーはとっくに冷めている。


一時間も経っていないのに、長く感じる。


やっと。


エントランスの自動ドアが開いた。


悠さんが出てくる。


ほっとして、慌てて立ち上がる。


会計を済ませて外へ出る。


近づこうとして、足が止まる。


隣に、女性がいる。


すらっとして、ヒールの音が軽い。


距離が、近い。


「ごめんね、休みの日にわざわざ。助かった」


柔らかい声。


でも余裕がある。


「いえ、仕事なんで」


悠さんはいつもの調子。


敬語。


「この後どう?お礼に奢るよ」


一瞬、息が止まる。


奢る。


二人で?


頭の中で勝手に想像が膨らむ。


――私、待ってるのに。


足が、勝手に動く。


「あの……」


声が少しだけ上ずる。


「悠さん、終わりました?」


二人が同時にこちらを見る。


女性の視線が、ゆっくり私をなぞる。


上から、下まで。


「妹さん?」


その言い方。


胸が、ちくりとする。


悠さんが、すぐに答える。


「恋人です」


迷いなく。


はっきりと。


その一言で、少しだけ呼吸が戻る。


でも。


女性はにこっと笑って、もう一度私を見る。


その目が言っている気がした。


――勝てるな。


余裕。


完成された大人の余裕。


ヒールの高さ。

姿勢。

声の落ち着き。


私は、ぺたんこの靴。


ワンピース。

学生のまま。


一瞬、自分の手元を見る。


爪も、短い。


女性は肩をすくめる。


「そっか。邪魔しちゃったね」


「じゃあまた、神谷くん」


“神谷くん”。


その呼び方が、刺さる。


悠さんは軽く頭を下げる。


「では、失礼します」


それから私を見る。


「朱里、いくぞ」


自然に、手を取られる。


歩き出す。


女性のヒールの音が、背後で遠ざかる。


数歩進んでから、やっと気づく。


私、少しだけ強く手を握っている。


悠さんがちらりと見る。


「どうした」


「……なんでもないです」


嘘。


胸の奥が、ざわざわしている。


ああいう人が、悠さんの世界。


私は、まだ学生。


並んで歩きながら、こっそり背伸びする。


でも、身長は変わらない。


悔しい。


情けない。


それでも、隣は離れたくない。


「……悠さん」


「ん?」


言葉が、喉で止まる。


“私の悠さんなのに”なんて、言えない。


代わりに、もう一度だけ手を握る。


さっきより、少しだけ強く。


悠さんが、ほんの少しだけ笑った気がした。


気づかれているのかもしれない。


それでも。


今はまだ、言えない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ