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……寝られるわけないだろ。
さっきの「ゆうさん、すきです」がまだ耳に残っている。
酔ってるとはいえ、あの顔でああ言われて
平常心でいられる男がいるか。
静かに、腕を抜く。
起こさないように。
そっとベッドから出る。
水でも飲んで、頭冷やして――
「ん……」
止まる。
小さな声。
「悠さん……?」
振り返る。
薄く目を開けて、こちらを探している。
「わり、起こした?」
「どこいくと……」
声が違う。
さっきまでの丁寧さが抜けている。
「……っ、水」
「だめ」
「いかんとって」
布団の上から、手が伸びてくる。
寝ぼけているのに、掴むのは正確だ。
「朱里」
少し呆れる。
「ほんとに酔ってんだな」
「よっとらん……」
語尾が完全にゆるい。
博多の音が、混じる。
「いっちゃいかんばい……」
心臓が止まる。
なんだ今の。
「水くらい行かせろ」
「いや」
子どもみたいな拒否。
そして。
朱里が、ふらっと体を起こす。
距離が、一気に近づく。
「……ん」
触れるだけ。
唇が、そっと触れた。
一瞬。
本当に一瞬。
でも、自分から。
「……は?」
固まる。
朱里は、目を細めている。
「いっちゃいかん」
さっきより、少しはっきり。
「うちんやろ」
寝ぼけてるくせに、とんでもないこと言うな。
理性が、音を立てて崩れる。
「……お前ほんとさ」
肩を掴んで、そのままベッドに押し倒す。
覆いかぶさる形。
「ふざけんなよ……」
ため息が混じる。
怒っているわけじゃない。
ただ、限界だ。
朱里は、くすっと笑う。
「んふふ」
頬が赤い。
目がとろい。
「かわいい、悠さん」
かわいいのはどっちだ。
「自分が何してるか分かってる?」
「わかっとお」
「とまってくれとんやろ?」
こいつ…
完全に俺の理性で遊んでる。
「……まじでさぁ、」
額を押しつける。
体温が近い。
細い腕が、背中に回る。
「いかんとって」
さっきよりはっきりした博多弁。
胸がぎゅっとする。
「逃げねえよ」
小さく言う。
「最初から」
そのまま、軽く唇を重ねる。
今度はちゃんと。
でも、深くはしない。
触れるだけ。
離れる。
「……寝ろ」
「いっしょに」
当たり前みたいに言う。
でも、もう抵抗する気はない。
横に倒れ込む。
朱里がすぐにくっついてくる。
小さい。
全部、腕の中に収まる。
「悠さん」
「ん」
「すき」
今度ははっきり。
酔いと本音が混ざった声。
「……知ってる」
頭を撫でる。
さっきまで暴れてた心臓が、少しずつ落ち着いていく。
「ゆうさんも?」
「……ああ」
言うしかない。
「好きだよ」
「ずっと」
それを聞いた途端、満足したみたいに目を閉じる。
数秒で寝息。
早すぎるだろ。
苦笑する。
「……まじで、ふざけんな」
でも、口元は緩んでいる。
もう一度、額にキスを落とす。
今度こそ動かない。
逃げない。
守る。
腕の中の温度を感じながら、目を閉じる。




