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閉館まで、あと十分。
窓の外はもうすっかり暗くなっていて
図書館の中だけがやけに明るい。
いつもの席から立ち上がり
本を抱えてカウンターへ向かう。
今日は利用者も少なく、静けさがいつもより濃い。
カウンターの向こうには、ひとり。
奥のデスクで、何かをまとめているところだった。
他に司書はいない。
だから、声をかけるのは当然だ。
当然なのに。
数歩手前で、ほんの一瞬、足が止まる。
たった一言で済むはずだ。
「返却お願いします」
それでいい。
ずっとそうしてきた。
「……すみません」
声を出すと、篠原が顔を上げる。
「はい」
いつも通りの、落ち着いた声。
そこで。
なぜか、もう一歩、喉が動いた。
「篠原さん」
言った瞬間、自分の声が少しだけ低く聞こえた。
ほんのわずかに、間が空く。
自分で呼んでおいて、自分が驚いている。
篠原は特に何も変わらない。
「あ、返却ですね」
自然に立ち上がり、カウンターへ来る。
距離が、少し近づく。
本を差し出す。
指先がかすかに触れそうで、触れない。
バーコードを読み取る音が小さく響く。
その数秒が、妙に長い。
“篠原さん”
さっきの呼び方が、まだ耳の奥に残っている。
今まで、呼ぶ必要はなかった。
司書は司書で、利用者は利用者。
それだけで十分だった。
なのに。
なぜわざわざ名前をつけたのか。
考えても、答えは出ない。
篠原は処理を終えて、本を差し出す。
「返却完了です、神谷さん」
自分の名前が、静かに返ってくる。
それだけで、胸の奥がわずかに揺れる。
「ありがとうございました」
「いえ」
いつも通りのやり取り。
何も特別じゃない。
篠原はまた奥のデスクへ戻っていく。
背中が見える。
さっきより、少しだけ距離があるはずなのに。
なぜか近い気がする。
カウンターを離れながら、思う。
呼ばなくてもよかった。
ただの返却だ。
でも、
理由はない。
義務でもない。
ただ。
なんとなく、




