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「朱里」


「はい?……きゃっ」


不意に腰を引かれる。


次の瞬間、視界が少し上がって、ぐらりと揺れる。


気づいたときには、悠の膝の上。


しかも対面。


至近距離。


「……悠さん……」


声が震える。


腕は自然と悠の肩に回ってしまっている。


逃げ場、ゼロ。


悠はじっと見下ろしてくる。


距離が、近すぎる。


「朱里、お前軽すぎ」


低い声。


「ふ、ふつうです」


「まあ、ちっさいからか…」


「ちっちゃくないです……!」


顔が一瞬で熱くなる。


慌てて両手で顔を隠す。


「おろしてください……っ」


「やだ」


「悠さんのいじわる……っ」


指の隙間から覗くと、悠が少し笑っている。


でもその目は、さっきまでの穏やかさと少し違う。


静かに、揺れている。


「嫌なら暴れろ」


「む、無理です……」


暴れたら余計密着する。


分かっている。


悠の手が背中に回る。


広い手のひら。


支えられているのに、逃げられない。


「……こんな距離で、よく平気だな」


「へ、平気じゃないです」


「どきどき、してます」


言った瞬間、後悔する。


悠の喉が、かすかに鳴る。


「言うな」


「え」


「理性削れる」


悠の耳が少し赤い。


その反応に、朱里の鼓動がさらに速くなる。


「じゃ、じゃあ、離してください」


「無理」


「どうして」


「捕まえたから」


意味が分からない。


でも、分かる。


悠の腕が、少しだけ強くなる。


身体がぴたりと密着する。


熱が、移る。


「……社会人の理性、強いんじゃなかったんですか」


小さく挑発してしまう。


悠の目が細くなる。


「あんま煽るな」


声が低い。


危険信号。


つい、びくっと揺れてしまう。


その反応に、悠の呼吸が浅くなる。


「……ほんとに、軽い」


そう言って、ひょいと抱き上げる。


今度は膝の上じゃない。


完全に持ち上げられる。


「え、ど、どこいくんですか……!」


慌てて首にしがみつく。


「ベッド」


歩き出す足取りは迷いがない。


「ま、待ってください、まだ昼で……!」


「知ってる」


「カーテン、開いてて……!」


「閉める」


「そ、そういう問題じゃ……っ」


悠が足を止める。


ベッドの手前。


目が合う。


近い。


「朱里」


名前を呼ぶだけで、空気が変わる。


「さっき、くっつきたいって言ったよな」


「……はい」


「今、逃げるか?」


問いは静か。


でも選択肢はひとつしかない。


朱里は、ゆっくり首を振る。


「逃げません」


震えているのに、目は逸らさない。


その覚悟に、悠の理性がまた削られる。


そっとベッドに下ろされる。


乱暴じゃない。


でも、余裕もない。


覆いかぶさるほどじゃない。


けれど距離はほぼゼロ。


悠がゆっくり息を吐く。


額を合わせる。


指が頬をなぞる。


理性はまだ、かろうじて残っている。


でも、もう限界は近い。


朱里が小さく目を閉じる。


午後の光が、少しだけ揺れた。




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