47
「朱里」
「はい?……きゃっ」
不意に腰を引かれる。
次の瞬間、視界が少し上がって、ぐらりと揺れる。
気づいたときには、悠の膝の上。
しかも対面。
至近距離。
「……悠さん……」
声が震える。
腕は自然と悠の肩に回ってしまっている。
逃げ場、ゼロ。
悠はじっと見下ろしてくる。
距離が、近すぎる。
「朱里、お前軽すぎ」
低い声。
「ふ、ふつうです」
「まあ、ちっさいからか…」
「ちっちゃくないです……!」
顔が一瞬で熱くなる。
慌てて両手で顔を隠す。
「おろしてください……っ」
「やだ」
「悠さんのいじわる……っ」
指の隙間から覗くと、悠が少し笑っている。
でもその目は、さっきまでの穏やかさと少し違う。
静かに、揺れている。
「嫌なら暴れろ」
「む、無理です……」
暴れたら余計密着する。
分かっている。
悠の手が背中に回る。
広い手のひら。
支えられているのに、逃げられない。
「……こんな距離で、よく平気だな」
「へ、平気じゃないです」
「どきどき、してます」
言った瞬間、後悔する。
悠の喉が、かすかに鳴る。
「言うな」
「え」
「理性削れる」
悠の耳が少し赤い。
その反応に、朱里の鼓動がさらに速くなる。
「じゃ、じゃあ、離してください」
「無理」
「どうして」
「捕まえたから」
意味が分からない。
でも、分かる。
悠の腕が、少しだけ強くなる。
身体がぴたりと密着する。
熱が、移る。
「……社会人の理性、強いんじゃなかったんですか」
小さく挑発してしまう。
悠の目が細くなる。
「あんま煽るな」
声が低い。
危険信号。
つい、びくっと揺れてしまう。
その反応に、悠の呼吸が浅くなる。
「……ほんとに、軽い」
そう言って、ひょいと抱き上げる。
今度は膝の上じゃない。
完全に持ち上げられる。
「え、ど、どこいくんですか……!」
慌てて首にしがみつく。
「ベッド」
歩き出す足取りは迷いがない。
「ま、待ってください、まだ昼で……!」
「知ってる」
「カーテン、開いてて……!」
「閉める」
「そ、そういう問題じゃ……っ」
悠が足を止める。
ベッドの手前。
目が合う。
近い。
「朱里」
名前を呼ぶだけで、空気が変わる。
「さっき、くっつきたいって言ったよな」
「……はい」
「今、逃げるか?」
問いは静か。
でも選択肢はひとつしかない。
朱里は、ゆっくり首を振る。
「逃げません」
震えているのに、目は逸らさない。
その覚悟に、悠の理性がまた削られる。
そっとベッドに下ろされる。
乱暴じゃない。
でも、余裕もない。
覆いかぶさるほどじゃない。
けれど距離はほぼゼロ。
悠がゆっくり息を吐く。
額を合わせる。
指が頬をなぞる。
理性はまだ、かろうじて残っている。
でも、もう限界は近い。
朱里が小さく目を閉じる。
午後の光が、少しだけ揺れた。




