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卒業まで、あと一週間。
カレンダーを見て、ふと止まる。
数字はただの数字のはずなのに、
妙に現実味がある。
四月から社会人。
生活が変わる。
時間が変わる。
立場が変わる。
でも。
一番変わってほしくないのは、
あいつとの距離だ。
朱里は、いつも通りだった。
敬語も。
少し控えめな笑い方も。
隣に座るときの、あの間合いも。
変わらない。
変わらないから、逆にわかる。
少しだけ、揺れてる。
「春から、忙しくなりますよね」
あのときの声。
小さかったけど、
ただの確認じゃなかった。
俺は軽く返した。
“まだ学生だけどな”
逃げたわけじゃない。
でも、真正面から受け取らなかった。
受け取ったら、
こっちも揺れるから。
正直に言えば。
俺だって不安はある。
社会人になれば、
今みたいに平日の昼間に図書館に寄れない。
就活で忙しいとか言ってたのは、
まだ学生の余裕だ。
本当の忙しさはこれからだろう。
でも、それを理由にしたくない。
“忙しいから会えない”
そんな言い訳、
一番ダサい。
朱里は何も言わない。
不安も、寂しさも、
全部飲み込む。
だからこそ、
見逃したくない。
あいつが揺れるときは、
だいたい静かだ。
その夜。
部屋に呼ばれたわけでもない。
特別な日でもない。
ただ、少し長く一緒にいた帰り。
玄関の前で、
朱里が立ち止まった。
「……悠さん」
声が、少しだけ震えている。
「ん?」
目を合わせる。
「私、ちゃんと隣にいたいんです」
一瞬、息が止まる。
それは告白じゃない。
でも、告白より重い。
“好き”よりも、
覚悟に近い言葉。
俺はゆっくり近づく。
「今、隣にいるだろ」
軽く言う。
でも朱里は首を振る。
「今、じゃなくて」
視線が上がる。
真っ直ぐ。
「春になっても」
そこで、理解する。
安心が欲しいんじゃない。
縛りたいわけでもない。
並びたいだけだ。
俺の中で、
何かが静かに決まる。
「……それ、俺に言うってことは」
低くなる声。
「覚悟できてるってことだぞ」
朱里は少しだけ目を伏せて、
それでも頷く。
「はい」
迷いがない。
俺のほうが揺れる。
ずっと守るつもりだった。
急がない。
大事にする。
それが正解だと思ってた。
でも。
守るだけじゃ、
並べない。
一歩踏み込む。
朱里の頬に触れる。
指先が熱い。
「後悔しないか」
確認する。
「しません」
俺は目を閉じて、
小さく笑う。
「……ほんと、ずるいな」
預けられたら、
逃げられない。
「俺も、並びたい」
はっきり言う。
「春からも、その先も」
額を軽く触れさせる。
身長差があるから、
少しだけ屈む。
朱里の呼吸が混ざる。
「今日で、ちゃんと一緒に進む」
その言葉に、
朱里の指が背中に回る。
選ばれた。
守る側でいるつもりだったのに、
選ばれたのは俺だ。
「……朱里」
名前を呼ぶ。
震えない。
「もう、止めない」
春の前夜。
まだ学生。
でも、もう子どもじゃない。
隣にいるための一歩を、
ちゃんと、自分で踏み出す。




