23
夕方の図書館は、夏の名残みたいな
湿った空気がまだ少しだけ残っている。
久しぶりに、平日のこの時間に来られた。
カウンターに立つ篠原を見つけた瞬間
胸の奥がわずかに緩む。
当たり前なのに、ほっとする。
本を返却する。
いつもならそれで終わり。
でも今日は、そのまま立ち去らない。
「篠原」
自然に呼ぶ。
前より少しだけ、躊躇がない。
「はい?」
顔を上げる。
相変わらず落ち着いた目。
「今週末、予定ある?」
言ったあとで、自分でも少し驚く。
いきなりすぎたかもしれない。
篠原は一瞬きょとんとする。
「今週末、ですか?」
「うん」
誤魔化さない。
言い直さない。
篠原は少し考えてから、
「特には、ないですけど」
その“けど”が妙に気になる。
「じゃあさ」
喉が少しだけ乾く。
焦るな。
押しすぎるな。
「駅前でやってる講演会、知ってる?」
前にポスターで見かけたやつ。
篠原が興味持ちそうなテーマだった。
「文化保存のやつ?」
「そう。それ」
篠原の目がわずかに明るくなる。
「気になってました」
その反応に、内心ほっとする。
「一緒に行く?」
ストレートに言う。
誤魔化さない。
篠原は目を瞬く。
「私も、ですか?」
「嫌ならいいけど」
視線は逸らさない。
篠原はゆっくり首を振る。
「嫌じゃないです」
少し間を置いて、
「行きたいです」
はっきり。
その言い方に、胸の奥が強く鳴る。
前より、迷いがない。
「じゃあ、土曜の午後でいい?」
「はい」
少しだけ、距離が縮まった気がする。
利用者と司書じゃない。
悠と篠原。
それだけで十分だった。
でも今日は、もう一歩。
「篠原」
「はい?」
「この前の飲み会」
篠原の表情がわずかに動く。
「行った?」
「……行ってません」
少しだけ視線を逸らす。
「苦手なので」
「そう」
頷く。
「無理しなくていいだろ」
自然に出た。
強くもなく、優しくもなく。
ただの本音。
篠原がこちらを見る。
まっすぐ。
「心配、してくれてるんですか」
静かな問い。
悠は迷わない。
「そりゃな」
当たり前みたいに言う。
その瞬間、
篠原の頬がほんの少し赤くなる。
気のせいじゃない。
気づいた瞬間、心臓が強く打つ。
――ああ。
少し、傾いた。
九月の風が、ゆっくりと季節を変えていく。
悠は初めて、自分が“ただの利用者”から
一歩外に出たことを自覚する。




