18
五月。
就活は本格化していた。
面接。
グループディスカッション。
研究との両立。
図書館に行けるのは、もう週一あるかないか。
「行こう」と思わないと、足が向かない。
久しぶりに扉を押す。
冷房の少しひんやりした空気。
変わらない静けさ。
反射的にカウンターを見る。
――いない。
奥か。
少し落ち着かないまま、本棚の影に視線をやる。
いた。
でも、一人じゃない。
篠原はカウンターの横で、同級生らしい男と話している。
同い年くらい。
ラフな格好。
距離が、近い。
「それさ、マジで笑ったわ」
男が軽く笑う。
篠原も、いつもより少しくだけた声で返す。
「やめてよ、ほんとに恥ずかしいんだから」
知らない声。
図書館の丁寧な声じゃない。
柔らかくて、少しだけ素の声。
胸の奥が、ひっかかる。
男が言う。
「朱里、今度あれ行く?」
名前。
呼び捨て。
自然すぎる。
「んー、どうしようかな」
篠原――朱里が、少しだけ笑う。
そのとき、視線がこちらに向く。
悠に気づく。
一瞬、表情が整う。
「悠さん」
声が戻る。
少し丁寧な、あの声。
男が振り向く。
「あ、利用者の方?」
「うん」
うん、か。
男が軽く会釈する。
悠も返す。
「朱里、じゃあまた連絡する」
呼び捨て。
当たり前みたいに。
篠原は軽く手を振る。
「うん、また」
空気が少し戻る。
「お久しぶりです」
篠原が言う。
いつもの、落ち着いた声。
「……ああ」
喉の奥が少し乾く。
何が引っかかっているのか分かる。
距離の差。
自分だけ、まだ外側。
「最近、忙しそうですね」
篠原はいつも通りだ。
変わらない。
それが、余計にざわつく。
さっきの笑い方。
さっきの声。
あれは自分には向かない。
「……さっきの、同級生?」
無意識に聞いている。
「はい。学部一緒で」
「仲いいんだな」
言ってから、少しだけ後悔する。
探るみたいだ。
篠原は首をかしげる。
「普通ですよ?」
本当に、普通だと言う顔。
そこに含みはない。
焦っているのは、自分だけだ。
初めて自覚する。
自分はまだ、篠原の“内側”にいない。
図書館を出ると、初夏の空気が濃い。
就活が忙しいのは本当。
でもそれとは別の、
焦りが芽を出している。
今のままだと、
いつまで経っても変わらない。
心のどこかで、
初めてはっきりと思う。
――捕まえておかないと。




