↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/157

18




五月。


就活は本格化していた。


面接。

グループディスカッション。

研究との両立。


図書館に行けるのは、もう週一あるかないか。


「行こう」と思わないと、足が向かない。


久しぶりに扉を押す。


冷房の少しひんやりした空気。


変わらない静けさ。


反射的にカウンターを見る。


――いない。


奥か。


少し落ち着かないまま、本棚の影に視線をやる。


いた。


でも、一人じゃない。


篠原はカウンターの横で、同級生らしい男と話している。


同い年くらい。


ラフな格好。


距離が、近い。


「それさ、マジで笑ったわ」


男が軽く笑う。


篠原も、いつもより少しくだけた声で返す。


「やめてよ、ほんとに恥ずかしいんだから」


知らない声。


図書館の丁寧な声じゃない。


柔らかくて、少しだけ素の声。


胸の奥が、ひっかかる。


男が言う。


「朱里、今度あれ行く?」


名前。


呼び捨て。


自然すぎる。


「んー、どうしようかな」


篠原――朱里が、少しだけ笑う。


そのとき、視線がこちらに向く。


悠に気づく。


一瞬、表情が整う。


「悠さん」


声が戻る。


少し丁寧な、あの声。


男が振り向く。


「あ、利用者の方?」


「うん」


うん、か。


男が軽く会釈する。


悠も返す。


「朱里、じゃあまた連絡する」


呼び捨て。


当たり前みたいに。


篠原は軽く手を振る。


「うん、また」


空気が少し戻る。


「お久しぶりです」


篠原が言う。


いつもの、落ち着いた声。


「……ああ」


喉の奥が少し乾く。


何が引っかかっているのか分かる。


距離の差。


自分だけ、まだ外側。


「最近、忙しそうですね」


篠原はいつも通りだ。


変わらない。


それが、余計にざわつく。


さっきの笑い方。


さっきの声。


あれは自分には向かない。


「……さっきの、同級生?」


無意識に聞いている。


「はい。学部一緒で」


「仲いいんだな」


言ってから、少しだけ後悔する。


探るみたいだ。


篠原は首をかしげる。


「普通ですよ?」


本当に、普通だと言う顔。


そこに含みはない。


焦っているのは、自分だけだ。


初めて自覚する。


自分はまだ、篠原の“内側”にいない。





図書館を出ると、初夏の空気が濃い。


就活が忙しいのは本当。


でもそれとは別の、


焦りが芽を出している。


今のままだと、


いつまで経っても変わらない。


心のどこかで、


初めてはっきりと思う。


――捕まえておかないと。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。