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「はい」


小さく頷いたあと、


朱里はもう一度検査薬を見る。


俺もつられて視線を落とす。


細い二本の線。


それがまだ、


どこか現実じゃないみたいだった。


「……いつ行く?」


「今日でも、行けます」


少しだけ迷ってから、


朱里がそう言う。


その声は落ち着いているのに、


指先だけが少し震えていた。




病院の待合室は


相変わらず静かだった。


白い椅子。


壁にかかった時計。


低い声で呼ばれる名前。


久しぶりのはずなのに、


全部覚えている。


朱里は隣に座っている。


背筋を伸ばして


膝の上で手を重ねていた。


その手を、少しだけ握る。


朱里は何も言わない。


ただ、


握り返してくる。


呼び出しの声が響く。


朱里が立ち上がる。


その背中を、少し遅れて追う。




診察室に入ると


医師がカルテを見ながら言った。


「検査薬、陽性だったんですね」


朱里が頷く。


「はい」


「では確認していきますね」


カーテンの向こうで、


エコーの準備の音がする。


モニターがこちらに向けられる。


白黒の画面。


医師がゆっくり機械を動かす。


映像が揺れる。


少しの沈黙。


その沈黙が、


やけに長く感じる。


「……あ」


医師が小さく声を出す。


「見えますね」


モニターの一点を指す。


「ここ」


黒い丸の中に、


小さな影。


「胎芽ですね」


その言葉が、


少し遅れて頭に入る。


医師が続ける。


「週数は……」


画面を測る。


「8週くらいですね」


そして、


モニターを少し拡大する。


「ここ」


小さな点。


その点が、


規則的に揺れている。


「心拍、確認できます」


モニターを見る。


小さな点が、


確かに動いている。


その瞬間、


別の光景が頭をよぎる。


同じ白黒の画面。


医師の声。


――「心拍が、確認できません」


指に力が入る。


隣で朱里が息を呑む。


「……悠さん」


小さく呼ばれる。


視線を向けると、


朱里はモニターを見たまま


涙をこぼしていた。


声も出さず、


ただ静かに。


その横顔を見た瞬間、


やっと理解する。


やっと、


始まった。




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