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「これ」
朱里の手にあるものを見る。
細い棒みたいなもの。
一瞬、何なのか分からない。
「……検査薬?」
自然に口から出た言葉に、
朱里が小さく頷く。
その動きがやけにゆっくり見えた。
視線をもう一度落とす。
小さな窓。
そこに、
線が二本。
頭の中で、
何かが遅れて繋がる。
二本。
陽性。
妊娠。
でも、
すぐには意味にならない。
ただ、
その形を見ている。
「……」
言葉が出ない。
喉の奥が詰まる。
朱里を見る。
朱里も、
同じ顔をしていた。
驚いているような、
困っているような、
まだ理解していない顔。
「……これ」
声が思ったより低く出る。
「本当に?」
聞いたあとで、
自分でも変な質問だと思う。
検査薬なんだから、
本当も何もない。
それでも、
聞かずにいられなかった。
朱里は少しだけ息を吐く。
「……わからないです」
小さく首を振る。
「でも」
検査薬を見下ろす。
「二本、ですよね」
もう一度、
二人でそれを見る。
線は、
はっきり出ている。
見間違いでも、
光の加減でもない。
ただ、
そこにある。
胸の奥が、
少しだけ強く鳴る。
ゆっくり息を吸う。
それでもまだ、
現実が追いつかない。
「……朱里」
呼ぶと、
すぐ視線が上がる。
その目を見て、
やっと、
少しだけ実感が落ちてくる。
「……妊娠」
言葉にすると、
急に重くなる。
朱里の肩が
ほんの少し揺れる。
それでも、
泣かない。
ただ、
こちらを見ている。
「……そう、なんですかね」
朱里の声は
静かだった。
喜んでいるわけでも、
怖がっているわけでもない。
ただ、
確かめるみたいに言う。
胸の奥が
少しだけ締まる。
ゆっくり、
手を伸ばす。
検査薬を持っている朱里の手を
そっと包む。
少し、
冷たい。
「……病院、行くか」
それしか言えなかった。
朱里は少しだけ考えて、
それから
小さく頷く。
「はい」
その声を聞いて、
胸の奥にあった何かが
ゆっくりほどける。
もう一度、
検査薬を見る。
二本の線。
その細い線が、
やけに眩しく見えた。




