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「あれ…」


そういえば、きていない。


病院に通わなくなってから、

ストレスなのか不順気味になっていた。


来る月もあれば、少し遅れる月も。


だから今回もそのくらいだと思っていた。


でも。


流石に、一ヶ月は初めてだ。


病院、か。


諦めはついたけれど


正直、もう行きたい場所ではない。


あの白い廊下も、

静かな待合室も、


思い出すだけで

胸の奥が少し重くなる。


「放っておいたらだめなのかな…」


小さく呟いて、スマホを開く。



“生理不順 放置”


数ヶ月で戻る


特に問題なし


不妊治療後はよくある



画面を指でゆっくりなぞる。


どこか安心したような

でも少しだけ引っかかるような感覚。


「なら、大丈夫かな…?」


自分に言い聞かせるように呟く。


スマホをテーブルに置き

コーヒーを入れる。


ポットから注ぐと

白い湯気がゆっくり立ち上る。


その揺れる湯気を

ぼんやりと見ていた。


ふと、カレンダーが目に入る。


先月の印。


その前の月。


何気なく指でなぞって、

途中で止まる。


「……あれ?」


少しだけ眉を寄せる。


もう一度、指で日付を追う。


一週間。


二週間。


三週間。


そこで、指が止まる。


「……」


一ヶ月どころじゃない。


二ヶ月。


胸の奥が、

少しだけざわつく。


でも、


すぐに首を振る。


そんなはずない。


あんなに治療しても、

だめだったのに。


検査も、


薬も、


注射も、


全部やったのに。


今さら、


自然に、なんて。


ありえない。


コーヒーを一口飲む。


さっき入れたばかりなのに

もう、少しだけ冷めている。


それでも


カレンダーから目が離せない。


何度も


同じ場所を見てしまう。


「……一応」


誰に言うでもなく呟く。


立ち上がり

引き出しを開ける。


奥にしまってあった箱を取り出す。


買ったまま、


使わなかった検査薬。


あの頃、何本も使ったもの。


もう使うことはないと思って

しまっておいたもの。


箱を開ける。


封を切る手が、

少し震える。


期待しているわけじゃない。


ただ、


確認するだけ。


それだけ。


洗面所に入ると

ひんやりした空気が肌に触れる。


小さく息を吐く。


検査薬を置き、


数分待つ。


その数分が、


やけに長く感じた。


洗面所の時計の音だけが響く。


カチ、


カチ、


カチ、


さっきまで普通だったのに、


今は


心臓の音と重なって聞こえる。


まだ、かな。


もういい、かな。


ゆっくり手を伸ばす。


そっと持ち上げる。


線が、


二本。


意味がわからなかった。


ただ、


ぼんやりと


それを見ている。


何も考えられない。


頭の中が、


真っ白になる。


「……え」


もう一度見る。


やっぱり、


二本。


喉が乾く。


指先が冷たい。


なのに、


胸の奥だけが


やけに熱い。


どうして。


どうして今。


どうして、自然に。


頭の中で


言葉だけがぐるぐる回る。


そのとき、


玄関の鍵が回る音がした。


ガチャ、と扉が開く。


「ただいま」


悠さんの声。


いつもと同じ声。


その声を聞いた瞬間、


さっきまで遠かった現実が

急に近づいてくる。


振り返る。


言葉が出ない。


ただ、


検査薬を持ったまま立っている。


「朱里?」


リビングから声がする。


足音が近づく。


視線が絡む。


「悠さん」


自分でも驚くくらい、


静かな声だった。


悠さんがこちらを見る。


少しだけ眉を寄せる。


「どうした」


その問いに、


うまく答えられない。


喉が詰まる。


胸の奥が、


じんわりと震える。


「……あの」


少しだけ、手を上げる。


震えないように、


ゆっくり。


検査薬を見せる。


「これ」


それ以上、


言葉が続かなかった。




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