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あの日から、何日か経つ。


生活は驚くほど普通だった。


朝起きて、支度をして、仕事に行く。


帰ってきて、夕飯を作る。


悠さんとも普通に話す。


笑うことはあまりなくなったけれど、


特別何かが変わったわけでもない。


泣くこともない。


体外受精の話は、もうしない。


それだけだった。


テレビでドラマを見ていた時、


病院のシーン。


ベッドの上で汗だくの女性が


必死に息を吐いている。


画面の向こうで医師や看護師の声が飛び交う。


「もう少しですよ」


「頭見えてます」


赤ちゃんの泣き声が響く。


「おめでとうございます」


看護師がそう言って、


小さな身体を母親の胸に乗せる。


よくあるシーンだ。


何度も見たことがある。


それなのに、


私は、これを経験できないんだ。


そう思った瞬間、


胸の奥が少しだけ沈んだ。


泣きたいわけじゃない。


悲しいわけでもない。


ただ、


静かに、


何かが落ちたみたいだった。




仕事中、子どもたちに絵本を読み聞かせていた。


小さな身体が膝の近くに集まってくる。


ページをめくるたびに


くすくすと笑い声が広がる。


この時間は好きだった。


子どもたちは可愛いし


一緒にいると自然と笑ってしまう。


今日も楽しい。


そう思いながらふと気づく。


私は、これを仕事でしか出来ないんだ。


自分の子どもに絵本を読んであげることは、


きっとない。


胸の奥が、少しだけ苦しくなる。




公園の前を通ったとき


子どもたちが走り回っているのが見えた。


汗だくで、笑いながら。


転んでもすぐに立ち上がってまた走る。


その声が遠くまで響いている。


しばらく立ち止まって


ぼんやり眺めていた。


理由は分からない。


ただ、


目が離せなかった。


ああ、


私にとってこの景色は、現実じゃないんだ。


ドラマをみているのと同じだ。


その事実が


少し遅れて胸の奥に落ちてくる。


呼吸が重くなる。


それでも、歩き出す。


家に帰れば悠さんがいる。


夕飯を作らないといけない。


生活は、ちゃんと続いている。


ただ、


その中で少しずつ。


終わったんだ、


という実感だけが静かに増えていった。




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