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腕が引かれる。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
気づいたときには悠さんの腕の中にいた。
「ちょっと悠さん…」
胸に押しつけられる形になって、顔が見えない。
さっきまで普通に話していたはずなのに
急に言葉が止まる。
「話してる途中です、離してください」
悠さんは何も言わない。
ただ、私を抱く力だけが強くなっていく。
まるで、
何かを止めようとしているみたいだ。
――もう、やめよう。
どうしてそんなことを言うんだろう。
ここまで来たのに。
「悠さん…」
私を抱く腕が一瞬強張る。
自分でも驚くくらい冷めた声だった。
「……これ以上、傷つく朱里を見てられない」
傷つく?私が?
悠さんは私の心配をしているのか。
「私は大丈夫ですよ、考えすぎです」
悠さんの背をさする。
大丈夫だと伝わるように、安心させるように。
「結婚して、子どもが出来て」
なんだか大きな子どもみたいだ。
「当たり前の幸せじゃないですか」
珍しい悠さんに思わず笑みが溢れる。
「私、ちゃんとできますよ」
ここまでやったんだから。
何年も。
検査も、薬も、注射も、
全部。
まだ一回目だ。
ここで止まる理由なんてない。
ないはずなのに、
首に触れている悠さんの呼吸が
少しずつ乱れている。
息が、
震えている。
「……悠さん?」
もう一度呼ぶ。
返事はない。
ただ、
腕の力だけが強くなる。
……おかしい。
こんな抱きしめ方、したことない。
首元に何かが触れる感触に気づく。
温かい。
濡れている…?
意味が理解できず思考が止まる。
「……朱里」
押し殺すみたいに低い声。
それから、
掠れた声が続く。
「…当たり前じゃないだろ」
何かを堪えているような
隠しているような声。
「結婚も…子どもも、当たり前じゃない」
「朱里…俺たちは俺たちだ」
おかしい。
こんな悠さんみたことない。
「……朱里のためなんかじゃない」
私のためじゃない……?
「……俺が、限界なんだ…っ」
悠さんは、いつも正しくて
いつも私を導いてくれて
こんな、
自分を守るためみたいな、
「朱里、頼む…」
こんな、縋るような声、
「……もう、やめよう」
こんな悠さん、知らない。




