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静かな診察室。
マウスのクリック音だけが小さく響いている。
膝の上で手を重ねる。
指先が冷たい。
自分でも分かるくらい力が入っていた。
深く息を吸ってから吐く。
それでも胸の奥のざわつきは消えない。
隣に悠さんが座っている。
言葉はない。
でも腕が少し触れていた。
その体温がここにいることを教えてくれる。
医師が画面から目を離す。
カルテを閉じて、こちらを見る。
その動きに呼吸が浅くなる。
「検査の結果ですが」
その一言で心臓が強く跳ねた。
視線を逸らせない。
医師の口元を見つめる。
「陽性反応が出ています」
音が遠くなる。
頭の中が真っ白になる。
陽性。
その言葉だけが浮かんでいる。
時間が止まったみたいだった。
「……陽性」
思わず声が漏れる。
自分の声なのに遠く聞こえた。
「……陽性、ですか」
確認するように言うと、医師は頷いた。
「はい。数値も問題ありません」
陽性?
聞こえたはずなのに、うまく飲み込めない。
本当に?
胸の奥がざわざわする。
嬉しいはずなのに、どうしていいか分からない。
そのときだった。
手の甲に何かが触れる。
あったかくて、私より大きい何か。
悠さんの手。
そっと指が絡む。
ぎゅっと握られる。
その感触に、はっと顔を上げる。
悠さんがこちらを見ている。
その目が、少しだけ赤い。
涙をこらえているみたいだった。
その顔を見た瞬間、
胸の奥で何かがほどける。
ああ、報われたんだ。
その言葉が、遅れて胸に落ちる。
今までのことが一瞬よぎる。
体温計。
薬。
注射。
夜に泣いたこと。
全部。
全部、ここにつながっていた。
視界が少し滲む。
でも涙は落ちなかった。
ただ、胸がいっぱいだった。
手を強く握る。
そして、握り返される。
その手が少し震えている。
思わず、笑ってしまった。
変な笑いだった。
泣きそうなのに笑っている。
悠さんも、少しだけ笑った。
言葉はない。
でもそれだけで十分だった。
握った手を離さないまま、
もう一度だけ、目を合わせて笑った。
診察室は静かなまま。
でも、さっきまでとは違う静けさだった。




