128/157
128
玄関の鍵が回る音で顔を上げる。
思っていたより早い。
足音が近づく。
いつもと同じリズム。
「おかえり」
「ただいま帰りました」
声も、いつも通りだった。
変わったところは何も見当たらない。
準備していた言葉を思い出す前に口が動く。
「……どうだった」
少しだけ考える間があってから、
「終わりました」
「思ったより早くて。
麻酔してたので、あんまり覚えてないんですけど……先生は順調って言ってました」
淡々とした声だった。
報告でもなく、説明でもない。
聞かれたから答えている。
「……そっか」
それ以上、言葉が出てこない。
手を洗う動きが自然過ぎて
今日が特別な日だった実感が追いつかない。
朱里が冷蔵庫を開け、中を覗く。
「今日あんまり入ってませんね」
「あー……昨日買い忘れた」
「じゃあ、軽く何か作ります」
当たり前みたいにそう言って、袖をまくる。
止める理由が見つからない。
止めていいのかも分からない。
「……無理すんなよ」
朱里は振り向かないまま、
「大丈夫ですよ」
本当に大丈夫そうな声だ。
それが、少しだけ引っかかる。
テレビをつける。
ニュースの音が部屋に広がる。
さっきまで考えていたはずの言葉が、
もう思い出せない。
朱里が包丁を取り出す音がする。
いつもと同じ夜だった。
同じはずなのに、
どこか違和感があるのは何故だろう。




