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テレビの音だけが続いている。
画面の中では誰かが笑っているのに
何を言っているのかほとんど耳に入らない。
言わなきゃと思っているのに、口が開かない。
病院で聞いた言葉を頭の中で何度もなぞっていた。
体外受精。
知らない言葉じゃない。
流れも、成功率も、だいたいのことは知っている。
だから先生が口にした瞬間も驚きはしなかった。
ただ
ここまで来たんだ、と。
隣に座る悠さんは何も急かさない。
コップを持ったまま静かに待っている。
その沈黙が優しくて、少しだけ苦しい。
「……今日、病院で」
声にすると思ったより小さかった。
悠さんがこちらを見る気配がする。
視線を向けられているのが分かるのに顔を上げられない。
「次の段階の話されました」
指先をぎゅっと組む。
「体外受精って」
言葉にした瞬間、胸の奥が少しだけ重くなる。
説明を受けたこと、資料をもらったこと
先生が急がなくていいと言っていたこと。
途切れ途切れに話す。
自分でもずいぶん落ち着いた声だと思った。
全部言い終わると部屋が静かになる。
テレビの音だけが遠くで流れている。
「……朱里はどうしたい?」
悠さんの声はいつも通りだった。
「よく、わからなくて」
本当だった。
やりたいのか、やめたいのか、自分でも分からない。
考えようとすると頭の奥が白くなる。
「朱里」
名前を呼ばれ顔を上げようとした瞬間、
「もう、やめるか」
その言葉に顔を上げる前に息が止まった。
「しんどいだろ」
続けて言われて、胸の奥が揺れる。
「俺は朱里がいればいい」
視線を落としたまま、唇を噛む。
どうしてそんなことを言うんだろう。
どうして今なんだろう。
「……なんで、こんなに頑張って」
喉がうまく動かない。
「なんでそんなこと言うんですか……」
涙が落ちる。
止めようとしても止まらない。
「朱里が壊れてまでやることじゃねえだろ」
その言葉が、優しいのに痛い。
「でも……」
言葉が続かない。
何を言えばいいのか分からない。
ただ、胸の奥にあるものだけが膨らんでいく。
怖い。
その感覚だけがはっきりしていた。
視線を上げられないまま、息を吸う。
「……こわいんです」
声が震える。
「体外受精もだめだったら……」
喉が詰まる。
「もう、何もない……っ」
視線は上げられない。
「これが、最後の手段なんです……っ」
息ができない。




