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高温期、十七日目。


…落ちている。


一瞬、理解ができない。


見間違いかと思って、もう一度見る。


低い。


昨日より、はっきりと。


喉の奥がすっと冷える。


数時間後。


赤。


声は出ない。


泣きもしない。


ただ、


あの“うっすら”を思い出す。


角度を変えて見た線。


あれは何だったのだろう。


希望だったのか、

ただの影だったのか。


リビングに戻ると、悠さんがいる。


「体温どうだ」


いつもの声。


「……下がりました」


それだけ言う。


一瞬の沈黙。


「そっか」


短い。


責めない。


励まさない。


ただ、受け止める。


“できない”じゃない。


“できなかった”。


たったそれだけの違いなのに、


胸の奥が、ひどく重い。




布団に入り電気を消す。


隣で悠さんが横になる気配。


「……おやすみなさい」


「おやすみ」


いつも通りの声。


それが、少しだけきつい。


目を閉じる。


眠れるはずがない。


昼間は平気だった。


泣かなかった。


ちゃんと「下がりました」と言えた。


ちゃんと歩けた。


ちゃんとご飯も食べた。


なのに。


暗くなった途端、


あの“うっすら”が戻ってくる。


角度を変えて、何度も見た。


あったように見えた線。


あの三分間。


もしかしたら、が確かにあった。


胸の奥が、じわじわ熱くなる。


だめ。


まだ一回目。


泣くほどじゃない。


そう思うほど、喉が痛くなる。


背中を向けて息を吸う。


吐く。


吸う。


うまくできない。


涙が、静かに落ちる。


声は出さない。


出したら、止まらなくなりそうで。


“できないかもしれない”


その言葉が、初めて形を持つ。


もし。


ずっと、このままだったら。


その想像が、思ったより怖い。


肩が、小さく震える。


止めようとするのに止まらない。


そのとき。


背中に、体温。


悠さんの腕が、そっと回る。


強くない。


ただ、包むだけ。


何も言わない。


慰めもしない。


「大丈夫」もない。


ただ、抱きしめる。


それだけで、


こらえていた呼吸が崩れる。


小さく、喉が鳴る。


声を押し殺す。


気づいてほしくないのに、


気づいてほしかった。


腕が、少しだけ強くなる。


顔を枕に押し付ける。


まだ一回目。


分かっている。


でも。


期待してしまった。


人工授精なら、違うかもしれないと。


身体が応えてくれたかもしれないと。


悠さんは、何も言わない。


でも、離れない。


それだけで、


壊れずに済んでいる。


今はまだ、泣ける。


泣けるうちは、


きっと、まだ諦めていない。




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