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高温期十五日目。
体温は、まだ高い。
予定日を二日過ぎている。
人工授精。
今までと違う。
そう思ってしまうのを、止められない。
洗面所で、引き出しを開ける。
検査薬。
まだ早いかもしれない。
でも。
ここまで落ちないのは、初めてだ。
三分。
長い。
判定窓を見る。
白。
……白、のはず。
目を凝らす。
光の加減かもしれない。
でも。
うっすら、何かがある気がする。
線。
いや、影?
角度を変える。
見える。
でも、目を離すと消える。
ある?
ない?
心臓が早い。
前にも、こんなことがあった。
気のせいだった。
蒸発線だった。
今回も、そうかもしれない。
人工授精だからといって、
すぐ結果が出るわけじゃない。
分かっている。
分かっているのに。
もう一度、目を近づける。
あるように、見える。
でも、写真に撮ったら写らないかもしれない。
この距離、この角度でしか見えない。
それでも。
“ない”とは言い切れない。
リビングに戻る。
悠さんは何も知らない。
聞かれない。
聞かれないことに、少しほっとする。
言えない。
まだ、言えない。
確信じゃない。
ただの“かもしれない”。
その夜。
布団の中で、体温を思い出す。
落ちていない。
胸も少し張っている。
眠い。
全部、説明はつく。
でも。
全部、つかない気もする。
もし、あれが本当に線だったら。
もし。
目を閉じる。
期待すると、落ちたときが痛い。
でも。
期待しないでいるのは、もっと難しい。
洗面所の引き出しに、
うっすらの三分間が、残ったまま。
まだ、何も決まっていない。
それでも。
少しだけ、世界が揺れている。




