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家の空気が少しだけ変わった。


劇的じゃない。


何かを言い合ったわけでもない。


ただ、


触れてもいい夜がまだあると、確かめただけ。


それだけで呼吸が少し深くなった。


体温計の電子音が鳴る。


高い。


昨日も、その前も。


高温期、十三日目。


落ちない。


布団の中でもう一度アプリを開く。


グラフが、きれいだ。


今までよりも、なだらかで、安定している。


注射のおかげかもしれない。


人工授精だからかもしれない。


理由はいくらでもある。


それでも。


胸の奥に、静かに灯るものがある。


リビングに出る。


「おはようございます」


「おはよう」


コーヒーの匂い。


いつも通り。


でも、私の中だけが少しだけ違う。


「体温、どうだ」


悠さんが何気なく聞く。


前はあまり聞かなかった。


最近は、たまに聞く。


「高いです」


できるだけ平静に答える。


「何日目だ」


「十三日目です」


一瞬だけ、視線が合う。


それ以上は言わない。


言わないけれど、


言葉にしない何かが、そこにある。


夜、ベッドに入る。


触れない。


今は大事な時期かもしれない、という慎重さがある。


でも前みたいな“不要だから触れない”ではない。


ただ、静かに待っている。




十四日目。


まだ高い。


予定日は、今日。


トイレに入る前、少し息を止める。


何もない。


立ち上がるとき、膝が少し震える。


人工授精。


医療の力。


ここまで来た時間。


もしかして。


“もしかして”が、現実味を帯びる。


怖い。


期待すると、落ちたときが痛い。


それでも。


グラフが落ちないだけで、


世界が少しだけ優しく見える。


もし。


本当に。


必要とか、効率とか、工程とか。


全部飛び越えて。


ただ、ここに来てくれたなら。


そんなことを考えてしまう。


まだ、何も分からない。


それでも。


体温が落ちない朝は、


少しだけ、希望の匂いがした。




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