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体温計の電子音が、いつもより早く感じる。
低い。
昨日より、はっきりと。
グラフはもう答えを出している。
確認するまでもなく分かっている。
赤。
静かに、いつも通り。
間に合わなかったのかもしれない。
間に合っていたとしても、だめだったのかもしれない。
どっちでも結果は同じ。
リビングに出ると、悠さんがコーヒーを淹れている。
「おはよう」
「おはようございます」
声は普通に出る。
「来たか?」
責めるでもなく、確認するだけの声。
「はい」
短いやり取り。
いつも通り。
それで終わるはずだった。
コーヒーの湯気が上がる。
「……ごめん」
悠さんが言い、思わず顔を上げる。
「なんでですか?」
反射みたいに返す。
ちゃんと笑う。
笑えている、はずだ。
「俺が泊まりじゃなかったら」
視線が少し落ちる。
「帰りが早ければ、間に合ったかもしれない」
その言い方が、痛い。
そんなふうに思っていたのは、私のほうだ。
「……悠さんのせいじゃないです」
「また、次があります」
そう言いながら、胸の奥が少しだけきしむ。
次がある。
本当に、そう思っている。
でも、
“あの夜”をやり直せないことも分かっている。
悠さんはまだ何か言いたそうだ。
けれど、飲み込む。
「そうだな」
それで終わる。
あの夜、布団の中で
“私はここまでしているのに”
と、一瞬でも思ってしまった。
悠さんは悪くないのに。
あの一瞬の感情が消えない。
もしかしたら、
あんなことを思ったからだろうか。
そんな馬鹿みたいなことまで浮かぶ。
関係ないと分かっている。
医学的にも、論理的にも。
それでも。
あんなふうに思った自分が
どこかで罰を受けたみたいな気がしてしまう。
誰も悪くないのに、少しずつ何かが削れていく。
あの夜に浮かんだ感情も。
今、謝らせてしまったことも。
全部まとめて、
自分の中に沈める。




