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夜、いつもの時間に検査する。
白いスティックを洗面台に置いて、三分。
線が、くっきり出ている。
今までで一番はっきり。
陽性。
今日か、明日。
すぐにスマホを取る。
『陽性出ました』
送ってから、少し迷って、続ける。
『今日って、帰れそうですか?』
既読がつくまでの時間が長い。
『ごめん。今日は泊まり確定』
画面を見つめる。
そうだ。
今日は装置の立ち上げだと言っていた。
仕方ない。
分かっている。
『明日、早く帰れますか?』
少しだけ、勇気を出して送る。
少し間があって、
『できるだけ早く帰る』
息を吐く。
今日じゃなくても、明日でもいい。
24〜36時間。
まだ間に合う。
大丈夫。
翌日、朝からそわそわする。
仕事中も時計を見る回数が増える。
夕方。
『ごめん、会議入った』
胸が、すっと冷える。
『終わり次第帰る』
分かっている。
怒っていない。
本当に。
それでも、時間が気になる。
二十一時
二十二時
帰ってきたのは、二十三時近く。
「悪い」
玄関で言う。
「お疲れさまです」
笑う。
ちゃんと。
シャワーを急いで、隣に横になる。
いつもより、少しだけ焦っている。
私も。
悠さんも。
間に合うかどうか。
そんなこと、誰にも分からない。
終わったあと、天井を見つめる。
計算する。
昨日の夜に陽性。
今日のこの時間。
排卵は、いつだっただろう。
もう、終わっているかもしれない。
まだ、間に合っているかもしれない。
分からない。
それが一番、つらい。
私は、薬を飲んで。
注射もして。
ちゃんと準備して。
今日も仕事して。
ここまでしている。
悠さんも、仕事をしている。
分かっている。
本当に、分かっている。
でも。
“私はここまでしているのに”
違う。
違う。
そんなこと思いたくない。
悠さんは悪くない。
仕事だ。
大事な仕事だ。
分かっている。
分かっているのに。
目を閉じると、涙が滲む。
音を立てないように、息を浅くする。
悔しいのは、悠さんに対してじゃない。
時間だ。
どうにもならない、この身体の時計だ。
それでも。
隣で眠る背中を見ながら、
ほんの少しだけ、
一人で戦っている気持ちになる。
こんなふうに思う自分が、いちばん嫌だった。
明日になれば、きっと普通に戻る。
でも、
間に合ったかどうか分からない夜は、
静かに胸に残った。




