第60話 リシュアの初めて
彼方には、白や茶、黄色が複雑に入り混じって縞模様を描く巨大なガス惑星――木星が、太陽の光を受けて宝石のように輝いていた。その手前を別の衛星が横切り、木星の表面にゆっくりと大きな影が動いていく。
カリストから見上げる木星の大きさは、前世で地球から眺めた月と比べて直径でおよそ満月の五倍。視界いっぱいに迫り、その巨大な姿に圧倒される。
「カリストSTC。こちら識別番号Z4S-SA-0011、ムラサメ。カリスト宙域への侵入許可を求める。フライトプランを送信した、確認願う」
通信を入れると、ほどなく応答が返ってきた。
『おかえりなさい、ムラサメ。フライトプランを確認しました。ナビゲーションデータを送信します。ガイドに沿って航行してください』
若い管制官の声が、ブリッジに流れる。
カリストは、一六一〇年にガリレオ・ガリレイによって発見された、いわゆるガリレオ衛星の一つだ。木星を巡る四大衛星の中で最も外縁を周回し、その大きさはガニメデに次ぐ。直径は惑星である水星とほぼ同等――衛星としては破格の規模を持つ。
さらに地下には、莫大な水資源が眠っていることでも知られている。
「これは……凄まじいの」
リシュアが、思わずと言った様子で声を漏らした。
「太陽系随一とも言われる木星圏の工業力……その一端を、まざまざと見せつけられるようじゃ」
確かに、初めてこれを見たときは、その規模に圧倒された。弱い重力、豊富な地下水、そして木星の強烈な放射線帯の外縁に位置するという条件。それらを最大限に活かし、カリストの地表は無数の工場群によって埋め尽くされている。
太陽系最大の工業団地――その威容が、視界いっぱいに広がっていた。
「リシュア、着陸の準備に入る。タグボートの接近と、ILSの誤差に注意してくれ」
「わ、わかったのじゃ」
初めての着陸。リシュアは慌てて身を起こし、シートに深く腰を沈めると、目の前のパネルへと視線を走らせた。そのすぐ横では、ヒルダが豪快ないびきをかき、まるで緊張感というものを感じさせない。
「大丈夫、リシュア。ほぼ全て自動化されています。不測の事態があれば、私がサポートしますよ」
優しいハルの声が天井から降ってくる。それを聞いて、リシュアは小さく頷き、こわばっていた表情を少しだけ緩めた。
「よし、エンジン両舷停止。シールド解除、着陸態勢に入る」
操作を確認しながら告げると、リシュアの指が慎重にパネルをなぞる。
「ILS誤差角ゼロ。姿勢傾斜角ゼロ。誘導信号、グリーンじゃ」
声にはまだ硬さが残っているが、落ちついた様子でパネルの表示を目で追っている。
「よし、降下を開始する」
ムラサメの船体が、わずかな振動とともにゆっくりと高度を落とし始めた。
「タグボート接近。接舷まで……三、二、一――タグボート、接舷」
「了解。オールコントロールフリー、ニュートラルポジション」
最後の確認を終えると、ブリッジに張り詰めていた空気が、ふっと緩む。
「完璧です、リシュア」
ハルのその一言にぱっと顔をほころばせ、後ろのキャプテンシートに座る俺を振り返り、「どうじゃ」と言わんばかりに笑顔を向けてきた。
「お嬢! キャプテン! ご無事で何よりです! しかしこいつはまた、大量ですなぁ」
ムラサメが船台に固定されると、ドックの隔壁が閉じ、与圧が始まった。与圧完了のグリーンランプを確認し、船倉のハッチを開くと、マイクが外の声を拾った。外部モニターには、手を大きく振る倉庫内作業の責任者、コバヤシが映し出されている。
重量物運搬用の巨大トレーラー六台が滑るようにドック内に進入し、そこから六本足に大小の作業アームを備えた多脚型自立作業ロボット、エクスギアたちがわらわらと降りてきた。
空中に浮かぶ四枚の巨大ホロパネルには、ムラサメから送られた積み荷の一覧と格納場所が表示されている。それを元に、誰がどう動くのか、積み下ろす順番やルートが自動的に描き出されていく。
もちろん、各個の端末にそれぞれの動きを示す指示が表示されており、それを元に自立型無人ロボットと有人の作業機械が、連携して作業を進めていく。空中に浮かぶ巨大なホロパネルは、作業の全体像を人の目で確認できるようにしたものだ。
「ヨシ、オマエタチ! オーダーカクニンシテ!」
「グリント イエロハ アッチノソウコウバン?」
「ソウ! イエロトグリンハアッチカラハイッテ」
「リョカーイ」
「ミナ オーダードオリヨロシク ゴアンゼンニ」
「ハーイ ゴアンゼンニー」
無邪気に会話をしながら作業を進める無人ロボットたち。その声は子供のように可愛く調整されており、作業員たちのストレスを軽減するように配慮されていた。船を降りた俺達は、作業の指揮を取るコバヤシの元へと向かう。
「コバヤシさん、また新しいシステムを導入したんですね」
「ええ、オルカといいましてね」
コバヤシが視線を上げると、巨大なホロパネルにムラサメの船倉の様子が映し出されていた。中の荷物とロボットには様々な色で番号が割り振られ、移動するロボットは同じ色・同じ番号の荷物に向かって進む。
その移動ルートはリアルタイムで描き出され、互いに重ならないように調整されていた。最終的にトラックのどの位置に、どの順番で積み込むかまでが指示されており、作業の進み具合がひと目で分かる、まるで視覚化された指示書のようだった。
「貨物船からのデータをもとに、荷下ろしのロボットを管制するシステムです。こいつのおかげで、積み下ろしにかかる時間が四〇%短縮できました」
コバヤシは言い終えると、こちらに視線を向けてにっこりと笑った。
処理工場を持たない中小のサルベージ業者から、デブリの処理依頼が急増しているらしい。やはり、処理と同時に、処理後の現金買取まで一貫して行う体制が功を奏しているのだろう……というのが、コバヤシの見立てだ。
現在は受け入れ拡大のため、ドック新設工事の真っ最中だという。ムラサメというサルベージ船がいなくても、もはやこの商会は安泰なのかもしれない。それはそれで、喜ばしいことだ。
「それよりもキャプテン、後ろの方々は?」
「新しいムラサメのクルーよ」
サーシャがコバヤシの横に移動しながら会話に割り込み、後ろに立つ三人を右手で示す。その先でリシュアが小さく頭を下げ、ヒルダとセルゲイが後ろで腕を組んで立っていた。
「この可愛い子が観測員のリシュア、後ろの筋肉はヒルダとセルゲイ。保安要員、見たまんまよね」
ヒルダが怒ったように身を乗り出す。
「そりゃどういうことだよ! 牛娘!」
吐いて捨てるような紹介に、ヒルダは即座に反応した。
「特に女の方は、脳みそまで筋肉なの」
サーシャは涼しい顔で追い打ちをかける。ヒルダは激昂し、腕を伸ばして掴みかかろうと、一歩前へ踏み出した。
その腕を、セルゲイが体ごと抱きとめる。
「こらっ、大人しくしてろバカやろう。そういうところを言われてるんだ、いい加減わかれ」
さすがのヒルダも、この陸戦特化の筋肉強化兵には敵わない。
「くそっ、セルゲイ――お前まであの巨乳に籠絡されたのかい。あいつの頭にはピンク色したミルクが詰まってるんだろうよ!」
「なんですって?」
サーシャが睨み返すと、リシュアがそっと俺の袖を引き、「出番じゃ」と呟いた。
ひとつ大きく息をつき、手を挙げて合図する。
「はい! そこまでだ。それ以上やったら、ハルに言いつけるぞ。便所のドアが開かなくなったり、シャワーが急に水に変わったりしても知らんからな」
ムラサメの外部スピーカーから、ハルの声がドック内に響く。
「ちゃんと聞いてますよ、キャプテン」
ヒルダがバツの悪そうな顔をして、「チッ」と舌打ちをする。そしてそのまま、そっぽを向いた。
相手が興味を失ったのを見て、サーシャはすぐに表情を切り替えると、コバヤシの肩を抱き寄せてとんとんと背中を叩く。
「ただいま」
そう言って、目元を緩める。
「ふふふ――相変わらず、お嬢は人と打ち解けるのが上手ですな」
コバヤシが、今の罵り合いなどなかったかのように小さく言うと。
「まあね」と、サーシャが悪びれもせず薄く笑った。
その横で俺とリシュアが顔を見合わせ、同時にやれやれと肩をすくめた。
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