第61話 統合幕僚本部
ブリッジの視界を埋め尽くす、巨大なコロニー群。八基の円筒形コロニーが円環を描くように配され、その中心には、ひときわ太いコロニーが、ゆっくりと回転を続けていた。
それぞれの先端部――回転軸から伸びたシャフトはすべて、一基の巨大な円盤状構造物へと接続されている。宇宙港、物流ステーション、そして宇宙軍ドックを内包する都市機能の中枢、ハブステーションだ。
黄や茶、白が複雑に混じり合う巨大なマーブルの宝石――木星を背景に、人口三〇〇〇万人を誇るジュピトル協商連合の首都コロニー「ジュピトルⅠ」が、幾何学的な輝きを放ちながら浮かんでいる。
カリストのクラフトン商会で荷降ろしを終えた一行は、軍からの急な呼び出しを受けて、協商連合の首都コロニーに訪れていた。
「これがウチの首都か。ケレスを見た後だと、随分とかわいく見えるね」
ブリッジの分厚い窓の向こう側。黄や茶、白が複雑に入り混じったまだら模様を描く巨大な天体を背景に、幾何学的な輝きを放つ人工の天体がそれぞれにゆっくりと回転していた。
「そりゃあ、ケレスは別格よ。あれ一つで、一つの国家と言ってもいいくらいなんだから」
そっと隣に並んだサーシャが、柔らかな笑みを浮かべた。
「この協商連合は人口一〇〇〇万人を超えるコロニーだけでも五〇以上、二〇〇万人くらいの単独コロニーまで含めれば、二〇〇基以上のコロニーがあるのよ」
そこで彼女はふと、何かに気づいたように言葉を止めた。
「……てか、あんた。もしかして首都に来るの、これが初めてだったりする?」
不思議なものを見るような目で、彼女は小首をかしげて俺の顔を覗き込んでくる。
「見事なもんじゃのう。木星のコロニーは洗練されておる」
横では、リシュアが目を大きく見開き、漆黒の空間でシャンデリアのように回る巨大な人工建造物に見入っていた。
「あ、ああ……特に用事がなかったからね」
やましいことなんてないのに、真正面からズバッと聞かれると慌ててしまう。日本人らしい悪癖だ。
「ふ~ん……まあ、あたしくらい辺境に住んでれば首都なんてほとんど用事がないしね。あたしの場合はほら、仕事柄……ね。いい思い出はないけど」
少し自嘲するように笑うサーシャを見て、俺は口をつぐんだ。彼女は父の会社を助けるため、枕営業で仕事を取っていた過去がある。首都に本社を置く取引先や大手銀行を相手に、ここを訪れることもあったのだろう。
「それよりもだ、統幕本部から呼び出しって――レイ、てめぇいたい何者だ?」
不意に、セルゲイが片眉を吊り上げながら、値踏みするような鋭い視線を向けてきた。
「何者かと聞かれても困るけど……今回は、俺よりもこの二人じゃないか? 情報部からも人が来るようだし」
俺たちは宇宙港とコロニーの地上を結ぶエアライナーに乗り込み、円環の中心で回る巨大なコロニーへと降下していった。
眼下に広がる中心コロニーには、政府関連施設や軍施設はもちろん、巨大商業施設からテーマパークなどの娯楽施設、さらにはセレブたちが暮らす高級住宅街に至るまで、都市の主要機能のすべてが凝縮されていた。
やがて目的のターミナルへ到着する。駅名はズバリ『統合幕僚本部前』。これほど科学技術が発達した世界の乗り物なのに、どこにでもありそうな路線バスのようなネーミングセンスだ。前世の記憶にあるバス停を思い出して、俺は思わず顔をほころばせた。
ターミナルから地上へ出ると、そこには他のコロニーとそう変わらない光景が広がっていた。道路にはタイヤのついた車が走り、空にはエアライナーが行き交い、地下には何層にも重なる立体的な交通網が張り巡らされている。
狭い土地を効率よく使うため、無機質な高層ビル群が立ち並び、住居、商業、官庁、そして軍施設と、目的ごとに区画が割り振られていた。
そんな街並みの中で意外なのは、ごく僅かだが「戸建て」が存在することだ。ただし――それが建っているのは高層ビルの屋上である。屋上スペースを利用して、戸建て住宅が分譲されているのだ。もちろん、そんな場所に住めるのは雲の上でふんぞり返るセレブリティだけだが。
「サーシャ。ビルの屋上に平屋建ての家があるんだね、庭にはプールが付いてた」
「ふん、あんなのどこのコロニーにもあるわよ。そんなに良いものじゃないしね」
サーシャは急に不機嫌な顔になった。
「さすがに木星軍の総本山だけあって、威圧感があるね。あたし一人だと、ちびってしまいそうだよ」
バカげた巨大建造物。その威容に、ふとヒルダが口を開いた。統合幕僚本部前というエアライナーのターミナル名そのままに、眼前には木星軍の本部が鎮座している。
「どうせお前のことだ。軍本部に顔を出すなんて、不始末をしでかした懲罰関係だろ」
皮肉っぽい笑みを浮かべてセルゲイが返す。
「なっ! てめぇ! そんなことあるかよ! こう見えても勲章の一つや二つ、貰ってんだぞ」
「へぇ、そうかい。そいつは大したもんだ。さすが、俺の惚れた女だ」
そう言って、セルゲイはヒルダの肩を抱き寄せて軽く叩いた。ヒルダは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
そのやり取りを羨ましそうに見つめていたリシュアがふとこちらを向き、俺と目が合うと、サッと頬を染めて顔を伏せた。さらにその横では、サーシャがニヤニヤと意地の悪い視線を俺に向けている。
「レイ、初恋の相手だよ。どうすんのこれ」
「子どもの初恋だよ。彼女も成長するにつれて新しい出会いがあるだろうし、いずれ、本当に好きな人と巡り合うさ」
あえて淡々と返すと、サーシャは「ふぅん」と意味深な視線を向け、頭をこてんと俺の肩に預けてきた。
「一番はあたしだけどね」
そう呟くように言う。
ふと鼻をかすめるサーシャの香水の匂い。どこか安心するその香りを感じながら、俺は眼の前にある統合幕僚本部の建物に視線を向けた。
建物の高さはそれほどでもなく、周囲の高層ビル群と比べるとむしろ低いくらいだ。しかし、その分だけ太く大きく、敷地は広大だった。
天然の土がふんだんに敷き詰められ、綺麗に刈り込まれた生け垣が整列し、手入れの行き届いた芝生が鮮やかな緑を見せている。大きな池には噴水があがり、通路には細かく砕かれた白い砂利が敷き詰められていた。
それはまるで、地球の歴史にあった王宮を再現したテーマパークのような美しさだ。
だが、その見事な庭園の奥には、不気味な黒い八角形の建物が鎮座している。地表から見上げると、その巨大な金属の塊が威圧するように視界を埋め尽くしていた。
地下鉄の入り口のような場所から地下へ降りれば、庁舎まで動く歩道で行けるらしい。だが、俺たちはあえて土の上に敷かれた砂利道をゆっくりと歩いて向かうことにした。なんとなく、土の地面を踏み締めたかったのだ。
周囲には俺たちと同じように歩きを選ぶ者が意外と多い。ふと視線をやると、美しい芝生や木々に紛れるようにして、物理弾頭を撃ち出す連装型のモーターガンが柵に囲まれ、ひっそりと隠されていた。
しかし、その物騒な砲塔から数メートルほどの場所で、家族連れが弁当を広げてピクニックを楽しんでいる。コロニーにおいて本物の土がいかに貴重かよくわかる光景だ。軍の施設とはいえ、純粋に庭園を楽しみに来ている一般客もいるらしい。
五十メートルほどの横幅を持つ正面玄関には、境目のない一枚ガラスのような入り口が広がり、いくつものホロモニターがせわしなく情報を表示している。俺たちが近づくと、目の前にすっと新たなホロモニターが浮かび上がった。
「二六番から入れってさ」
どうやら中から監視されていて、こちらへ直接案内を送ってきたようだ。オレンジ色の光で「26」と浮かび上がるゲートをくぐると、古風な軍服姿の兵士と、中尉の階級章をつけた制服姿の男が待ち構えていた。
「お待ちしていました。キャプテン・レイと、ご同行の皆様ですね」
中尉の階級章をつけた金髪碧眼の美青年が、爽やかな笑顔とともに右手を差し出してきた。その手をしっかりと握り返し、挨拶を交わす。
「初めまして。ムラサメのキャプテン、レイです。隣にいるのが俺の上司にあたるクラフトン商会のサーシャ。後ろの三人はムラサメのクルーです」
「ようこそ幕僚本部へ。ここからは私がご案内いたします」
促されて足を踏み入れた一階ロビーは、途方もない広さだった。はるか高い天井の近くには無数のホロパネルが浮かび、目まぐるしく様々な情報を映し出している。視線をやると、奥の方に木星軍記念博物館と記された案内サインがいくつも浮かんでおり、どうやら施設の一部が公開されているらしい。
周囲には軍人だけでなく、一般人の姿もちらほらと見受けられた。とはいえ、観光客がふらりと立ち寄れるような場所ではないのだろう。どの来客にも、例外なく案内役の兵士がぴったりと付き添っていた。
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