ノラ、子猫を連れてくる。
朝から、空が広かった。
春よりも陽射しが強く、麦の穂はすっかり背を伸ばしていた。
風は温かく、けれどどこか、夏の手前の、乾いた匂いがまじっていた。
「にゃふ……今日は、いい風だにゃ」
ノラが、久しぶりに大きな伸びをした。
その背中に、小さな毛玉が三つ、もぞもぞとくっついていた。
「……え?」
言葉は出ない。もちろんぼくは案山子だから。
でも、肩に感じた重さと、背中に感じるぬくもりで、何かが“増えている”のは明らかだった。
「紹介するにゃ。ぼくの子たちにゃ」
ノラが、得意げに尻尾を立てた。
「こっちがミチル。こっちがヨリミツ。そっちが……名前まだにゃ」
「勝手に案山子の肩に乗って寝てるにゃ。物好きだにゃ」
確かに、ぼくの肩の上で、一番小さな子猫が丸まっていた。
ふわふわの灰色の毛並みに、ちいさなちいさな肉球。
「……ノラ、君、お母さんだったのか」
言えないはずの言葉が、心の中で浮かんだ。
言葉じゃないけれど、たしかにその“感情”が、自分のなかに生まれていた。
「にゃー」
子猫たちがいっせいに声をあげる。
それは合唱のようで、虫の音や風の音にまぎれ、村の空へとすいっと飛んでいった。
「昔は、もっとにぎやかだったにゃ」
ノラがふと、笠の縁を見つめて言う。
「ぼくの子どもたち……みんな、どこかに行ったにゃ。
世界がまだ“動いてた”ころは、山にも、町にも、猫がいっぱいいたにゃ」
そういえば、村の道には猫の姿も少なくなった。
聞こえていたはずの子どもの声も、最近は静かだ。
「……でも、まだ“おわり”じゃないにゃ」
ノラが小さく、胸を張った。
「生まれたばかりの命は、“まだここにいる”にゃ。
だからサエ、おまえも、ちゃんと見てるんだにゃ。こいつらのこと」
風が吹いた。
子猫たちは、肩の上でじゃれあいながら、うとうとと眠りにつく。
その柔らかさが、ぼくのなかに、また何かを溶かしていく。
畑の空は、もうすっかり、夏だった。
命が“去っていく”話のあとに、“生まれてくる”命の話を。
子猫たちはほんの短い期間しか登場しませんが、
この物語にとって、とても大切な存在になります。
ノラの背中に宿る“記憶”と、サエ(案山子)の肩に乗る“ぬくもり”。
その重なりが、次の物語の鍵へとつながっていきます。




