第6話
今世の私の家庭は、まぁはっきり言ってそこまで裕福なものではなかった。私が勉強している教材なども、もっぱら中古本屋で買ってきたものが多いし、お父さんも結構大変そうだ。私がよく理解していない、と思っていたのか目の前でお金の話を両親でしていることもよくあった。
なんとかできないかな、とよく思っていた。そこで考えたのが、まぁありがちな動画投稿である。両親に頼み込んで子供用のミニギターを買ってもらって必死こいて練習した。前世でもギターは趣味だった。ただし、趣味だったというだけで上手かったわけではない。宅飲みの時に適当に弾いたら多少喜ばれる、くらいのものだ。
それでも、何も知らない事をゼロから始めるよりはずっといい。
問題は手だった。小さい。とにかく小さい。前世で普通に押さえていたコードが押さえられない。指先が痛い、とかの問題は魔力で身体強化をすることでなんとかなるが、手が小さいのはどうにもならない。なんで私は二度も同じ練習をしているんだろう、と思った。
まぁ、一度死んでいるので仕方ない。
学校から帰って勉強をして、そのあとギターを練習する。そんな生活をしばらく続けて、ようやく人に聞かせてもよさそうなところまで来た。
「動画、撮ってほしいんだけど」
そう頼むと、お母さんは少し驚いたあと、嬉しそうにスマホを持ってきた。
「いいよ。何を弾くの?」
「お母さんがいつも聞いてるやつ」
選んだのは、こちらの世界で昔流行った曲だった。前世の曲を持ち込んで天才作曲家になる、なんてことも一瞬考えたが、ストックが尽きたら終わりだ。それにうろ覚えの曲なんかは途中から別の駄作になりそうだったのでやめた。
動画を投稿サイトにあげてもらう。ネットにあげてみようよ、といったら両親は特に反対もせずに同意してくれた。
子供が、大人には懐かしい曲を弾きながら歌う。そこに多少の珍しさがあることくらいは分かっていた。狙ってやってるんだから当然だ。とはいえ、最初の動画は全然だった。
「15回も再生されてるよ!」
と、お母さんは喜んでいた。それ、お父さんの端末から再生した分が半分以上占めてると思うよ、とは敢えて言わなかった。
何本か投稿しているうちに、少しずつ知らない人からコメントがつくようになった。可愛いとか、上手だとか、そういうものだ。褒められるのは素直に嬉しかった。
そして、ある日突然、数字が増えた。前の日まで数百回だった動画が、学校から帰って見たら十万回を超えていた。
「……なんか壊れてない?」
「壊れてないよ!」
お母さんが私の隣で大声を出した。有名な人が紹介してくれたらしかった。そこから他の動画も見られて、知らない人がどんどん増えていった。
お父さんは帰ってきてから、同じ動画を何度も見ていた。
「ライカ、すごいな」
「まだお金になるかは分かんないよ」
「お金?いやいや、そんなんじゃなくてさ。こんなに練習してたんだな」
そう言って頭を撫でられた。ちょっと照れた。お金のために始めたことではあったけど、それだけじゃなくてもいいかもしれない、と思った。
芸能事務所から連絡が来たのは、それからしばらくしてからだった。小学3年生のころだ。
最初は詐欺だと思った。お母さんは喜んでいたが、お父さんも疑ったらしく、会社の名前を調べたり、直接電話をしたりしていた。そういうところは、ちゃんとしていた。
事務所に直接話を聞きに行って、いくつかの面談やオーディションを受けた。歌だけではなく、子役としてもやってみないかと言われた。動画にあげていたのはギターだけではない。色々と運動が得意なことや、小学生にしては異常なまでに理知的なところも見せていたので、そういうところも評価されたらしい。
演技なんてしたことがない。そう思っていたが、考えてみれば私は毎日していた。中身が大人であることを隠して、ある程度は子供として生活する。分からないふりをしたり、驚いたふりをしたりする。それに比べれば、台本に書いてあることを口にするのは、案外やりやすかった。
もちろん、それだけで上手くいくほど甘くはなかったが。前世の記憶があるからって、何でも上手くできるわけではない。特に身体能力や頭脳でゴリ押しのできない分野だ。
「ライカちゃん、もうちょっと子供らしい演技おねがい」
演技中にそんなこともよく言われた。すみませんね~、中身が大人なもんで。
最初の仕事は短い広告だった。次は再現映像。その次はドラマで、主人公の幼少期を演じた。
自分がテレビに映った夜、お母さんは泣いていた。お父さんは、私が出てくるところを何度も巻き戻した。
「もういいって。さっきも見たでしょ」
「いいじゃないか。もう一回だけ」
恥ずかしいんだよ。
その日は少しだけ高いお寿司を買って、三人で食べた。私は卵を食べながら、ギターを買ってもらってよかったな、と思っていた。
蓮夜や氷華とは出会ってから結構一緒に遊んでおり、小学校高学年に入ってもその関係は続いていた。皆家が近いので、学校帰りとかにお家で遊ぼ、みたいなのが割とあるのだ。小さな子供の誘いを無碍にするのも悪いので付き合っていた。まぁ、原作で恐らく仲良かったんだろうし…というのもゼロではないけど。
特に氷華ちゃんは私によく懐いていた。彼女の性格はすぐに分かった。氷らしく、いわゆるクール系のキャラみたいなタイプだ。
頭が異常に良く、運動神経抜群な私に彼女は興味を憶えたのか、一緒に居たがることが多かった。
仕事が始まっても、蓮夜や氷華とは時々遊んだ。
「今日、テレビに出る?」
「出ないよ~。さすがに毎日は出ない」
「そっか」
「なんで残念そうなの」
「ライカが出てたら、見るから」
そんなことを真顔で言うので、こっちが照れる。
氷華は私がテレビに出るようになっても、あまり変わらなかった。撮影の話を少し聞いたあとは、学校の話をしたり、一緒にお菓子を食べたりする。その時間は、結構好きだった。
氷華は同年代の子達よりずっと賢いし、将来的に美人になるだろうな~なんて思ってた。なんと言っても原作キャラだし。ずっと仲良くして欲しい。なんなら一緒にダンジョンとか行きたい。
だから氷華をよく褒めた。一緒にいると楽しいと言った。将来もずっと仲よくしようね、と約束した。まぁ、普通にそう思っていたし。
「氷華は、好きな人とかいるの~?」
ある日、私の部屋で気軽にそう聞いてみた。氷華は手元のぬいぐるみを見ながら、少し考えた。
「……いるよ」
「えっ」
いるんだ、ませてるなぁ。それは予想していなかった。
「マジ?誰?」
「言わない」
「えー?私にも?」
「ライカにも」
多分、蓮夜だろう。氷華と蓮夜は幼稚園に入る前から仲が良かったらしい。私は幼稚園にも行かなかったし、公園で遊ぶことも少なかったが、本来は同じようなタイミングで出会っていたんだろう。
蓮夜か~。原作通りなんだろうな。
「ライカは?」
「ん?何が?」
「ライカはいないの?好きな人」
「え~私?……いるよ?」
いないけど。ちょっとした悪ノリだ。
「え…だれ…?」
「氷華ちゃん」
と、真っ直ぐ目を見て言う。ちょっとした冗談だ。恋愛的な意味じゃない。
「女の子同士でも、好きになっていいんだよ~?」
LGBTQってやつだ。氷華が顔を上げた。
「そうなの?」
「うん。男の子じゃなきゃいけないってことはないし」
氷華は目を伏せて、押し黙っている。耳が真っ赤だ。
これ、ちょっとまずいんじゃないか?と思い始めた。明らかに冗談としてうけとっていない。もう、やめてよ~!みたいな返事が返ってくるかと思ってた。
なんとなく、氷華のお母さんの顔が浮かぶ。遊びに行くと、いつも私の分までおやつを出してくれる人だ。帰るときには、また来てねと言ってくれる。
自分の精神年齢で物事を考えてしまった。少なくとも小学校高学年に上がりたてくらいの子供にやっていい冗談ではなかった。
「……な~んてね!冗談冗談!」
慌てて私は大きく両手を振りながらそう言う。
「変なこと言っちゃって、ごめんね?」
氷華はしばらく私を見ていた。
それから、小さく「うん」と言った。
私は机の上のお菓子を取って、別の話を始める。氷華も普段通りに付き合ってくれた。何事もなかったように遊んで、いつもの時間に別れた。まぁ、大丈夫だろう、と、そう思った。




