9 わたしの魔道具が、なぜ
「フィガロ公爵……って……どなたでしたっけ?」
なんだか聞き覚えがある、ような?
「…あ、父のチェス仲間でしたね」
そういえば、少し前に新しいチェス仲間が出来て。
全敗だったと悔しそうに話していた、気がする。
それがどうしてわたしの作品を。
真剣に考え込むわたしに。
「ちげぇよ!」
「違うわよ」
二人の声が重なる。
「お前の! 求婚相手だろうが! 結婚するくらいなら死んだほうがマシ、とまで言わしめた、相手だろうが! なんで俺のほうが詳しいんだよ!」
「あ、そうでしたね」
そう言えばそんな名前でした。
そして。
その事実を飲み込んだ瞬間、ゾワッと背中に冷たいものが走ったのを自覚する。
「わたしに求婚した相手が、間違って捨てられたわたしの作品を持っている…?」
一体、どうして?
「ニーナ」
首が右にもげかけたペン吉君の、いつもよりも随分低い声に顔を向ける。
「間違って捨てられた、と言ったな? それは、いつだ?」
わたしは夢中になりすぎると周りが見えなくなる。
時間の感覚だっておかしい。
けれど。
自分の手で作り上げた、大切な魔道具たちのことはちゃんと覚えている。
「半年前です」
「…そうか。 他にも無くなったものはあんのか?」
「はい。 メモ書きや、論文の一部、貴重な材料なんかも、掃除のたびにおそらくゴミと間違えられて…」
確かに部屋は綺麗になったけど、何度言っても捨てられてしまうのが悲しくて掃除を断った。
「なるほど…。 …そりゃ、捨てられてたんじゃねぇのかもな?」
「え?」と聞き返した言葉が喉で詰まる。
捨てられていたんじゃない。
じゃあ、無くなったものはどこに?
そもそもどうして無くなった?
考えたくない。
でも。
「盗まれていた、のですか?」
わたしの言葉に、ペン吉君は神妙な顔で頷いた。
グラッと、危険なほど首が揺れる。
「……とりあえず、首を固定しましょう」
「部屋を掃除していたのは、毎回同じメイドか?」
ペン吉君の首を固定しながら、状況を整理していく。
わたしも作業しながらのほうが、気持ち的に楽だ。
「はい。 10代後半から30代後半くらいの、ク……なんとかというメイドでした」
「……出ているようで、実は有力な情報が一つも出てないとこがすげぇな」
「? ……あ、女性でした」
「……だろうな」
「あは、無駄よ、ニーナは基本魔道具しかみてないから」
一生懸命毛づくろいをしていたドロシーちゃんが。
スッと音もなく立ち上がった。
「クレア、よ。 多分20歳前後。 茶色い髪に茶色の瞳。 特に特徴のないよくある顔立ちをしてたわね」
「ドラ……お前、優秀だな」
「ニーナよりもずっと」というペン吉君と。
「ニーナと比べないで」と嫌そうに顔をしかめるドロシーちゃん。
二人とも、酷いです。
「そのメイドは今も屋敷で働いてるのか?」
「ええっと……」
「多分もういないわ。 ニーナが掃除を断ってしばらくしてから、辞めたってパパさんが言ってた気がする」
「……随分都合の良い時期にやめてんな」
「ほんと、そうね」
困りました。
会話に入っていけません。
なので、わたしはわたしにしかできないことを頑張りましょう。
二人がクレアさんの話をしているのを、きちんと耳に入れながら。
棚の中から、ペン吉君の新しい装備品を取り出す。
昨日ペン吉君が出ていった後に、父に頼んで譲ってもらったものだ。
それを首の固定をした後に、取り付けていく。
そして。
「出来ました!」
二人の会話がピタリと止まる。
数秒の沈黙の後。
「ぎゃはははは! ペン吉、あんたなんっじゃ、その頭!」
ドロシーちゃんが、お腹を抱えて転げ回る。
「は?」
ペン吉君の右手が恐る恐るというように、自分の頭を触れる。
ファサ。
まさにそんな擬音がピッタリという感じで。
わたしが新しく取り付けた、『金の髪』が揺れる。
「な、な、な、なんっじゃこりゃー!」
急いで鏡台の前で自分の姿を確認しているペン吉君の、感動の声が気持ちいい。
うん、我ながらとてもいい仕事をしました。
「気に入ってもらえて嬉しいです」
「気に入ってねぇよ! どうみてもヅラじゃねぇか!」
「ヅラ! マジウケる!」
「? その通りです。 父のものを一つ譲ってもらいました! 色にも毛量にもこだわりました!」
「あは、パパさんの大事なコレクションが、一つペン吉に消えた」
「マジでヅラ、なのか……この俺が、ヅラ…」
「そんなに感動してももらえて嬉しいです」
「感動してんじゃねぇ! 驚愕してんだよ! 悲嘆にくれてんだよ!」
はあっとペン吉君が長いため息を付いた。
そして。
「ニーナ」とわたしの名前を呼んだ。
とても低く真面目な声に、自然と気持ちが引き締まる。
「ヅラの話は後でする。 そこは絶対だ」
「? はい」
もう少し暗い色のほうが良かったでしょうか?
それとも量が少なすぎた?
頭突きを武器とするのなら、威力を損なわないように…。
「それよりも、お前の魔道具の話だ」
その言葉に、わたしの思考は一気に現実に引き戻された。
ドクっと一際高く心臓がなった気がする。
そうだった。
わたしには他にもやるべきことがあった。
真面目な顔で頷くわたしに、ペン吉君とドロシーちゃんも同じように頷く。
「ニーナ、悲しいことだが。 お前の大事な魔道具は、外部の人間によって盗まれていた。 そして多分、フィガロ公爵がこれに関係している。 これは状況的に間違いないと思う」
「はい」
「そして多分、俺も…」
「ペン吉君?」
「俺の記憶も……もしかしたら本体も、フィガロ公爵に関係してる、んだと思う」
ペン吉君が?
そう思った時。
コンコンコン。
控えめに扉を叩く音。
あの叩き方は。
「ニーナ? 起きているかい? すまないが…」
───フィガロ公爵閣下がお前に会いたい、と先触れを送ってきたんだが。
扉の向こうから聞こえてきた父の言葉に。
わたしは、自分の体が震え上がったのを感じた。




