8 フィガロ公爵邸だ
「……23回目」
不意にかけられた、笑いを含んだ声に振り返る。
「何の数字ですか?」
新作の魔道具の試運転の回数ですか?
しかしこれでも少ないくらいです。
正常に動くかどうかを見極めるためには、もっと回数を重ねる必要があります。
そう言おうとして。
じっとわたしを見つめながら返事をしたドロシーちゃんに、一瞬言葉が詰まる。
「この一時間で、ニーナがペン吉を心配して窓の外を確認した回数」
「………っ。 か、数えていたのですか。 意地が悪いですよ、ドロシーちゃん」
一時間に23回。
つまり3分に一回は外を確認していた、ということですか。
そうですか。
どおりで新作の稼働確認が一向に進まないはずです。
「……そんなに気になるなら、ニーナが一緒に行ってあげたら良かったじゃない?」
からかうような笑いを含んだ声。
けれど。
わたしを見つめるその瞳の奥が、真剣な色を宿していることに気がついて。
無意識に視線をそらしてしまう。
「……外には…行きたくありません」
「あんた……ずっとそうやって引きこもってるつもり?」
責めるような口調。
ドロシーちゃんは、この話題が出るといつも少しだけ怖い。
「……わたしには、ドロシーちゃんがいますから……それだけで十分です」
一拍あけて聞こえてくる、重い溜息。
なにか言いたげな視線が痛い。
「そ、それにしてもペン吉君はなにをしているのでしょうか?」
強引に話題を戻してみる。
窓の外を確認すれば、東の空が先ほどよりも随分明るくなっている。
「……さあ? あいつ感覚で生きていそうだし。 しかも、その感覚も大幅にバグってそうだから? 迷子になって、どっかで野垂れ死んでたりしてねぇ」
暫くの沈黙の後。
返ってきたいつもの声音に、軽く安堵の息が漏れる。
「はあ、それにしても。 いっつもカーテン締め切って、キノコでも生えそうなくらい陰気で汚かった部屋が、今日は明るい! ああ、太陽を拝むの久しぶり! あ、部屋が汚いのは変わってなかったわ」
「むしろ明るくなった分、汚さが浮き彫りなってて笑える」と、ドロシーちゃんはケラケラ笑っている。
よかった、いつもの様子です。
それにしても。
先ほどさらりと流された言葉に意識を向ける。
ペン吉君が、迷子?
事の重大さに、軽く息を呑んだ。
「た、た、た、大変です! すぐに捜索依頼を出してもらいましょう」
「目付きの悪い変態パンツのペンギンを探してくれってか!」
「なにそれ、最高」、と。
ドロシーちゃんは、お腹を抱える。
でも、笑い事ではないですよ、ドロシーちゃん。
「あの体は、息切れしたり疲れたりはしません。 けれどその分、動き方によっては大量に動力を消費します」
「あは、知ってるー」
「余程激しい動きをしない限り、まだ十分動けるはずですが」
それも踏まえて大分余裕も持ってタイムリミットを伝えたけれど。
使い方によってはもう動けなくなっていてもおかしくない。
「ボッチー、助けてくれぇ」と。
大胸筋をピクピクさせて助けを求めている、ペン吉君が頭に浮かぶ。
やはり最後まで動くのは、大胸筋ですか。
そこの再現には、一番こだわっていて。
「いえ今は、それはどうでもいいですね」
頭をふって、筋肉を追い出す。
その時。
バルコニーの方から、コツンと異質な音がした。
反射的にドロシーちゃんと顔を見合わせる。
数秒も立たないうちに、またコツンと音がした。
何かが窓を叩いているような音。
慌ててそちらに顔を向ければ。
「おぉい、ニーナ、助けてくれぇ」
半分以上首が取れたペン吉君が、窓にぺたりと張り付いていた。
「ど、ど、ど、どうして玄関から入ってこないのですか! 待って下さい、今開けます!」
「窓に変質者が張り付いてるぅ! ウケる!」
「首、直してくれ、ニーナ」
ペタペタと可愛い足音を立てて、部屋の中に入ってきたペン吉君の頭が。
わたしが一晩かけて作り上げた、大事なペン吉君の頭が。
グラグラと左右に揺れ、今にも落ちそうだ。
「……首、落ちそうですよ?」
しっかしと固定したはずですが。
「悪ぃ。 頭突き食らわせたら、外れた」
「頭突き、ですか。 耐久性に問題があると、お伝えしていたと思いますが」
「いや、仕方がなかったんだよ! この手と足じゃ、敵に届かねぇし」
「ないのと同じくらい短いもんね」
「うっさいぞ、ドラ。 で、仕方なく頭突きを食らわせたら……」
「外れた、と…」
「そう」
「……本体の首は……まだ落ちてないといいですね」
「………落ちてねぇ。 ……それから…『まだ』っていう表現も地味に効く……」
「……………」
「わ、悪かったよ。 お前の大事なペン吉の首取っちまって。 謝る! 謝るから、首付けて下さい、ドウゾオネガイシマス」
頭を下げた瞬間、ズルっと頭が前にズレ、ペン吉君が慌てて両手で支えている。
一晩で作ったものだから、やはり耐久性に問題がありますね。
それでも、無事に帰ってきてくれた。
元の静かな生活とは程遠い、賑やかな日がまた始まる。
なのにわたし。
あまり嫌じゃない……?
「二、ニーナ〜。 ニーナさん、首、付けて下さい」
「あ、はい」
念入りに首を固定しながら。
そう言えば、大事なことを伝えていなかったことに気がついた。
「いいですか、ペン吉君? 腕が取れても直せます。 首が取れても死にません。でも、胸のところにある魔術式だけは、傷つけないように気をつけてください」
「魔術式? ⋯⋯左胸の⋯これのことか?」
「そうです。 魂をつなぎとめるための、一番重要な術式が組んであります」
「は? なんでそんな大事なもん、ここにつくるんだよ? 心臓狙われたら、一緒にやられちまうじゃねぇか」
「そこが一番魂が定着するんです」
「まじかよ⋯⋯もし、破損しちまったら?」
破損したら。
実際どうなるのかはわたしにも。
「───わかりません。 ですが、絶対に破損しないように気をつけてください」
私の言葉に。
「わかった」と神妙な顔でペン吉君は頷いている。
なんだか妙に、しんみりしてしまいました。
そうです、昨日ご要望があったあれを一取り付けましょう。
これでより完璧なペン吉君が出来上がって、喜んでくれるはずです。
なんだか少しだけ心がワクワクした。
今まで自分のために魔道具を作ってきたけれど。
人のために作るのは、少しだけ嬉しい。
「ってかさ、あんたやたらとパンツ、膨れてない?」
ドロシーちゃんの言葉に、ピシリとペン吉君の体が固まった。
「そうだった。 出すの忘れてた…。 部屋に入る前に出しておくつもりだったのに…」
「カッコ悪い、マジ最悪」と、両手で頭を抱えたままペン吉君が落ち込んでいる。
背中に背負った黒い影が見えるようです。
「ペ、ペン吉君、大丈夫ですよ。 失敗は誰にでもありますからね。 さ、トイレに行きましょう」
幸い、この部屋にはトイレもお風呂もついている。
「違う、粗相じゃねぇ! 両手は首に使ってるから、収納場所がここしかなかったんだよ! ニーナ、ちょっと首持っててくれ」
そう言って、ペン吉君はゴソゴソと自分のパンツの中を探り出した。
手を離した瞬間、また首がグラッと右に傾いたので慌てて支える。
そうでした。
うっかりしていましたが、ペン吉君には排泄機能は付いていないのでした。
それでも。
「絵面がひどい……」
はい、ドロシーちゃん。
同感です。
思わずドロシーちゃんと顔を見合わせて、ふふふと笑い合う。
けれど、ペン吉君が取り出したものを見て。
「これ、お前が作ったやつか?」
わたしの笑顔が固まる。
「これ……」
ドクドクと、心臓が早打ちを始める。
ペン吉君が取り出したものは、一見ただのガラクタに見える。
でもそうじゃない。
これは。
「わたしが、作っていたものです」
それが証拠に、一から作り上げた作品にだけ付ける刻印が付いている。
完成まであと一歩だった。
なのに、間違って捨てられた。
捨てられた、と思っていたのに。
どうして。
「お前が作ったものは、他にも外に出てるのか?」
ペン吉君の真剣な声に、首を横に振る。
恐怖と怒りが混ざり合い体が震える。
「出ていません」
言った瞬間、ペン吉君が眉を寄せたのがわかった。
「父に頼まれて、壊れた魔道具の修理はしています。 論文も『N・グレイ』という偽名でですが、いくつか出しています。 でも作り上げた作品は、一つも外には出していません。」
なのにどうして。
それもこれは。
「めちゃくちゃに分解されています」
傷があちこちに付いていて。
無理矢理中をこじ開けられている。
「これをどこで?」
労るようなペン吉君の視線。
数秒の沈黙。
そして。
「……フィガロ公爵邸だ」
返ってきた言葉に、わたしは唇を噛み締めた。
「⋯⋯ところで⋯⋯なんだか臭くありませんか、ペン吉君?」
「は?」
「あ! ペ、ペン吉君、やっぱりトイレに行きますか?」
「違うわ、アホ。 排水路に入ったからだよ!」
「またまたぁ。 ペンキッチーは粗相の言い訳ですか?」
「なんだよ、ペンキッチーって! 違うって言ってんだろ、この、ドラ子が! ニーナ、お前もトイレに連れてこうとすんな!」




