7 ニーナ=グローリア
ペタ。
ペタペタ。
三歩ほど歩いて。
仮のボディの動きの悪さに、軽く絶望する。
視点が低い。
無駄に大胸筋が発達しているせいで、バランスも最悪。
そして足音が絶望的に間抜け。
腸腰筋だけは完っ璧なんだが。
ああ、本来の俺。
バランスの取れた細マッチョな体と、スラッとした長い脚が懐かしい。
いや、これは、絶対にただの願望じゃねぇ! ……はず!
そう思いながら、貴族街を走る。
「うん、大分この体にも慣れてきたな」
どうすれば、負荷がかからないように、そして間抜けな足音をたてずに動けるか。
人の目につかないようにするにはどうすればいいか。
何気ない会話を楽しんでいる使用人たちの会話を、盗み聞くには?
不思議と、本能的にそれらがわかる。
その能力を駆使して、屋敷から屋敷へと走っていく。
制限時間と耐久力に問題があるらしいが。
慣れてしまえばこの体も悪いことばかりじゃない。
疲れ知らずだしな。
足の短さだけは到底納得出来ないから。
そこは今度ニーナに改造してもらって……いや、やっぱやめた。
あいつ、足だけ異様に伸ばしてきそうでなんか怖い。
男爵家。
「違う」
男爵家、騎士伯家、子爵家。
「どれも違う」
確かに、門扉に掲げられている家紋を見ただけで、現当主の名前と顔が浮かんでくる。
自分のことは、超絶イケメンだった事と名前くらいしか思い出せないのに、皮肉なもんだ。
だが、ピンとくるものは一つもない。
残っている屋敷は後僅かだ。
これは、ハズレか?
そう思いながら、行き着いた何十件目かの屋敷。
今までの屋敷とは比べ物にならないほど大きな屋敷の前で、俺は立ち止まった。
門前に堂々と掲げられているのは、盾に鷹の羽が交差した紋章。
目にした瞬間。
ドクっと、ありもしない心臓が一際高くなったような気がした。
『レ、オ⋯』
ドクドクと高くなる自分の心臓の音に、若い女の声が重なる。
どこから聞こえてくるのか分からない。
けど、知ってる声だ。
涙が出るほど懐かしい。
なのに、わからない。
「くそ! なんでだ!」
頭の中の大事な部分が、何かに邪魔をしているようにクリアにならない。
「この家紋は……」
四代公爵家の一つ、フィガロ公爵家。
無意識に引き出された情報に、息を呑む。
「フィガロ公爵っていやぁ……」
頭に浮かぶのは、天然ボケのお人好し魔技師の顔。
あの引きこもり令嬢に求婚した、という物好きも、確かフィガロ公爵じゃなかったか?
機械でしかないはずのペン吉の体が、どこか熱くなっていく気がする。
「ここが、俺の生家、か?」
その疑問に、違うと反論する声がする。
俺自身だ。
家紋を見ても、安らぐどころか、嫌な気持ちにしかならない。
なにより。
『レオ⋯は、やく⋯』
どこから聞こえてくるのか分からない、警告の声。
実際耳から音を拾ってるんじゃない。
これは思念のようなものか?
思念から、敵意は一つも感じられない。
であるならば、導き出される答えは。
「ここは俺の家じゃねぇ。 俺の……」
───敵の家だ。
誰かが近づいてくる気配がして、慌てて身を隠す。
巡回の騎士だ。
無意識に塀の中の気配を探る。
広大な敷地の中を動き回る、数十人もの気配。
動きが機敏で統制が取れている。
「いや、それにしては随分と数が多くねぇか?」
公爵家の屋敷を、騎士が守っているのは当然のことだが。
それにしては、あまりにも仰々しい。
まるで。
「まるで探られたくない何かがあるみてぇ、だよなぁ? どう見ても」
外から侵入者を入れたくないのか。
それとも中の人間を逃がしたくないのか。
それともその両方、か?
なんにしろ、いくら公爵家とは言え、この規模の警備は明らかにおかしい。
俺の勘がそう告げてる。
そうして、俺の勘はよく当たる。
………ま、覚えちゃいねぇが。
「調べてみるか」
見上げる塀の高さは推定三メートル。
元の体(細マッチョに長い脚)なら余裕だっただろうが、ペン吉の短い足じゃ無理だな。
なら、と見渡した先に排水口が見えた。
人が通れる大きさでは勿論ない、が。
「このペン吉ボディならいけるんだよなぁ」
おっと、悪党のような笑い方しちまったか?
気をつけねぇとな。
そうでなくても、赤パンいっちょの怪しいペンギンなんだからよ。
そう思いつつ、排水口へ向かう。
塀の下には、雨水を外へ逃がすための石造りの排水路が伸びていた。
当然ながら酷く濁った水が流れている。
くせぇ。
いや、体がねぇから、匂いまではわからねぇな。
ペン吉ありがとう。
そんなアホなことを思いながら、水路を登っていく。
すぐに鉄格子が見えたが、隙間を一瞬で見切り体を斜めにひねる。
意外とペン吉の体は使い勝手がいい。
いや、それでも赤パンツいっちょはねぇな。
帰ったらニーナに絶対服を出してもらおう。
そうして、入り込んだフィガロ公爵邸。
「何だ、この空気…」
敷地全体の空気が、ピリピリと痛いくらいに張り詰めてる。
「こりゃ、ビンゴだな」
この不穏な空気。
ただの貴族の屋敷では絶対にありえねぇ。
そろそろと闇に紛れて進む。
その時。
ペタンと踏んだ足元が、淡く光った。
魔道具だ。
慌てて飛び退いた直後に、今までいた場所が炎に包まれる。
「あっぶねぇ。 罠まで仕掛けてあんのかよ」
幾人もの騎士、そして仕掛けられた罠を勘を頼りに回避していく。
けれど、と俺は東の空を確認した。
夜明けが近い。
ニーナの屋敷を出たのが夕暮れ前。
正確な時間まではわからないが。
この季節の日の出、日の入りの時間を計算するなら、残された時間はそう長くない。
一度戻るべきか?
フィガロ公爵がおかしいとわかっただけでも大収穫だ。
動けなくなっちゃ元も子もない。
ここは一度体制を整えて、もう一度今夜。
そう思った時。
暗闇の中を歩く、一人の男を見つけた。
両脇に大きな荷物を抱え、異常なほど周囲を警戒している。
見るからに怪しい。
そっと後をつける。
絶対に気が付かれないような距離で、付かず離れず後をついていく、と。
「焼却炉?」
男は、そこで立ち止まった。
あれはただの焼却炉じゃない。
おそらくあの熱量は、魔道具を燃やし尽くすための炉だ。
硬い魔道具でも燃え尽きる。
つまり。
「人なんか簡単に燃やせるわけだ」
思った瞬間。
『レ、オ⋯⋯は⋯やく⋯』
また声がした。
魂が、震え上がったような気がした。
とにかく、焼かれたら証拠がなくなる。
あいつが持っているあの中身を回収しなきゃいけない。
突き動かされるような激情に、俺は暗闇から抜け出した。
そうして。
次々と炉に何かを放り込んでいる男の、背後に回り込み。
思い切り頭突きを食らわせた。
うめき声を上げて傾く、怪しい男の体。
そして。
グラリと傾くペン吉の首。
あ、やべぇ、と思ったときには首がもげかけていた。
両手でそれを抑え込む。
頭突きしか攻撃手段がなかったとはいえ。
やっぱ無茶だったか。
ま、いいや。
で、こいつは闇に紛れて一体何を燃やしていたんだぁ?
歪む視界を励ましつつ、男が炉に投げ込んでいたものを確認した。
「これは……ひでぇ有様、だな」
無惨に解体された魔道具、だった。
そして、その中に一つ。
見覚えのある刻印は目に入った。
「マジかよ、なんで」
────ニーナ=グローリア。
「なんでニーナの魔道具がここにあんだよ…」




