6 赤パンペンギン、いざ出撃
「頼りにしてんだからよ、ニーナ!」
物凄いキメ顔でそう告げたペン吉くんの首が、グラッと右に傾く。
あ、頭の固定も忘れてました。
……ペン吉君は。
よし、気がついていないようですね。
危なかったです。
流石に頭が取れるのはホラーですからね。
そう思いながら、慌てて頭、そして取れた腕の固定を行っていく。
その間に、ペン吉君はドロシーちゃんに、こうなった経緯を説明している。
「それで。 一晩たって、何か思い出したことはないんですか?」
落ち着いて考えれば、何か思い出すこともあるかもですし。
「うーん……そうだなぁ。 誰もが振り返るような、超絶イケメンだったことしか思い出せねぇなぁ…」
「……それは……ただの願望、ですね。 …またですか…」
「分不相応な願望、乙!」
「いや、願望じゃねぇ。 俺の魂がそう訴えかけてる。 サラッサラの金髪に、宝石のようなキラッキラの青い瞳……切れ長の目に、高い鼻! そしてすげぇ高貴な存在だった! ……気がする」
「あは! 飛べないくせに、妄想だけ飛ばしてるとか、マジうけるぅ」
「うっせぇぞ、ドラ!」
「ちょっと! ださい名前で呼ばないでよ、この手も足も短いペン吉が!」
「ペン吉じゃねぇ、俺の名前はレオだ!」
ふふ、たった数分でもう仲良しですね。
ドロシーちゃんが楽しそうで、わたしも嬉しいです。
……ちょっとだけ、淋しいですが。
けれど。
高貴な存在、ですか。
その言葉は、当たっている気がします。
「確かにペン吉君は、貴族だったんだと思います。 それも高位貴族だった可能性が高いです」
「は? これが貴族? こんなだいぶあれな貴族が、ニーナの他にもいるの?」
「………ドロシーちゃんは、それはちょっと酷いのではないですか…」
「……なんでそう思うんだ、ニーナ?」
自分の存在が明らかになるかもしれない、そう期待しているのでしょうか。
いつもより随分と真剣な声(ただし外見は目つきの悪いペン吉君ですが)に、わたしも顔を引き締める。
「わたしの家名を聞いただけで、一瞬で伯爵家だと判断出来ていました」
平民の皆さんは普通、貴族を一括りに考えているので、家名を聞いても反応できない事が多い。
あ、と声を上げるペン吉君に更に言葉を続ける。
「それにあのハ……ゴホン、頭の涼しそうな使者さんを追い返した、あの貴族らしい言い回し。そして美しい所作は、絶対に平民ではありえません」
「今一瞬、ハゲっていいかけたよな?」
うるさいですよ、ペン吉君!
けれど、そんなツッコミは華麗にスルーする。
「ですので、ペン吉君は高位貴族であった可能性が高いです」
「貴族を相手にする大商人、ってのもあるかもねぇ」
「あ、その線もありますね、ドロシーちゃん」
さすが、ドロシーちゃんは賢いですね。
「貴族か商人…」
考え込んでいるペン吉君を押しのけて、机に向かう。
とりあえず、今わかっていることを書き留めておきましょう。
「もし貴族で、本体まで行方不明だった場合、捜索願いが出てるはずだ」
「そうですね」
「寝たきりでも、調べればなにかしらの情報は手に入るよな?」
「お家事情によっては、秘匿されている可能性も高いですが。 それでも何かしらの動きは掴めるかもですね」
会話をしながら、サラサラとペンを走らせていく。
「どの道、ここでこうして話していても答えは出ません。 ですのでペン吉君は、外に出て足を使って調べてきて下さい」
「そうそう、自分で調べてきなさい。 その短い足を使って、ね」
「短い、言うな! ……で? お前は? 一緒に行ってくれねぇの?」
そんな縋るような目を向けないで下さい。
そして、目つき悪いです。
そう思いながらも。
「無理です」
と、きっぱり断る。
なぜならわたしは。
「この部屋から出ることは出来ないので」
「いや、それ気持ちの問題だよな? ……それとも、体が弱くて外に出れねぇのか?」
「そうですね。 太陽の光を浴びると、眩しくて目が痛いです。 疲れるし、正直面倒くさいです」
「面倒くさいって言っちまってんじゃねぇか! 正直か!」
「……無理よ、ニーナは重度の引きこもりだから。 昔言われたくだらない言葉を、いつまでも引きずってるおバカさんだから」
「くだらない言葉? ドラ、それって……」
ドロシーちゃん、余計なことを言わないで下さい。
「とにかく、わたしは外には出たくありません。 ペン吉君一人で行ってきて下さい」
あえて強めに言う。
ペン吉君は一瞬黙って。
わたしとドロシーちゃんを交互に見た。
「……確かに、おかしな形の魔道具が外をうろついてることは珍しくねぇ。 けど自立して喋る魔道具はあまりに目立つ…」
「そうですね。 魔道具が話しをすると、高確率で気味悪がられます。 喋らないことをおすすめします」
「………気味悪がられる? ………それは経験談、か?」
【何あれ、気持ち悪い】
また心の一番奥で凍りついていた言葉が蘇る。
チクリと痛む胸。
けれど今は、そんな昔のことはどうでもいい。
頭を振って感傷を追い出した。
「そんなことは、どうでもいいです。 とにかく、喋れなくても、情報を集める手段はいくつかあります。 例えばこれです」
ドーン、と効果音が付きそうな勢いで、たった今出来上がったそれを広げて見せた。
「こ、これは!」
ふふ、ペン吉君が驚いていますね。
そうでしょうそうでしょう。
我ながらとても上手に描けました! 自信作です!
なのに。
どうしてドロシーちゃんはお腹を抱えて笑っているのですか?
「ニーナ……一応聞くが……もしかしてそれは『俺の似顔絵』…なんてことはねぇよな?」
「……その通りですが?」
サラサラの金髪。
切れ長の青い目。
高い鼻。
発達した大胸筋に、かっこいい腸腰筋。
聞いていた特徴を漏らすところなく詰め込んだ、完璧な姿絵です。
右端に『名前はペン吉です』、と書いたのでよりわかりやすいはず。
「いや、お前の絵心どうなってんだ! なんで髪の毛が三本しかねぇんだよ! それにこれは切れ長の目じゃねぇ、ただの糸目だ! それから頼むから、服着せてくれ。 最後に、俺の名前はペン吉じゃねぇ! 紙一枚でどんだけ突っ込ませんだよ!」
「服、ですか? しかしそれでは、せっかくの大胸筋と腸腰筋が……」
「気にして欲しいとこはそこじゃねぇんだよ!」
「……でも、特徴は全て入っていますよ?」
「入ってねぇ! お前の認識どうなってんだ!」
「とにかく!」、とペン吉君が声を荒げる。
「こんな新種の古代壁画みたいな絵で、情報が集まるわけがねぇ! ……ってか、集まったらそれはそれで俺は泣く!」
「新種の古代壁画……なんですか、そのちょっとワクワクするような響き」
「いや、褒めてねぇよ! とにかく、その似顔絵作戦は却下だ! 俺のメンタル的にも絶対に嫌だ!」
「とか言って、実物がその古代壁画にそっくりだったら、笑えるぅ!」
「うっさいぞ、ドラ!」
ペン吉君とドロシーちゃんがまた楽しそうに言い合いを始める。
しかし、困りましたね。
とても上手に描けたと思ったのですが。
では、これが駄目なら…。
「では、家紋を見て回る、というのはどうですか?」
「家紋?」
「そうです。 この王都には、貴族のタウンハウスが沢山並んでいます。 その家紋や屋敷を見れば、何か思い出すものがあるかもしれませんよ?」
貴族にとって家紋や屋敷は、小さい頃から繰り返し目にするもの。
記憶を呼び起こすきっかけになるかもしれない。
「家紋…屋敷…。 うん、いいな、それ」
あ、よかった、これは採用寄りですね。
これでわたしは、昨日完成した魔道具の試運転を心置きなく出来……ゴホン、こ、これでペン吉君の情報がなにか一つでも出てくればいいのですが。
「じゃ、俺は早速外に行ってくる!」
「そのバランスが明らかにおかしい体で、転ばないように気をつけろよぉ」
「おう、ドラもその無駄に綺麗な毛を、さらに毛づくろいして待ってろ!」
「くどいようですが、その体は耐久力の低い試作品です。 稼働時間もせいぜい半日ほどしか持ちません。それから、人前では喋らないように。 気をつけて下さい」
これ以上の面倒事はごめんですからね、と心のなかで付け加える。
「おう、任せろ!」
そう言うと、ペン吉君は短い足を器用に動かして。
部屋から颯爽と出ていった。
「………あの体で、よくあんな動きが出来るわね……」
「……もともとの運動能力が、ずば抜けて高いのかもしれませんね」
そしてわたしは、嬉々として昨日完成したばかりの魔道具の試運転へと取りかかった。
……けれど。
稼働時間ぎりぎりで戻ってきたペン吉君が持ち帰った"あるもの"を見て。
わたしが約三年ぶりに、この聖域を出ることになるなんて。
この時のわたしは、まだ知る由もなかった。




