5 とりあえず悪かった
「うわ、視点低っ! 腕も足も短っ! ……でも…腸腰筋、マジエロかっこいい…」
ペン吉君が、クルクルと上半身を曲げながら自分の体を観察している。
どうやらうまく乗り移れたみたいですね。
理論上はいけるとは思いましたが、無事成功してよかったです。
人殺し……いえ、魂殺しをしてしまっては、わたしも目覚めが悪いですからね。
ほっと、安堵の息を吐き出した時。
すっと音もなく、わたしとペン吉君の間に黒い影が割って入った。
「誰よ、あんた?」
ドロシーちゃんだ。
見たこともないほど緊張した様子のドロシーちゃんが、毛を逆立ててペン吉君を睨みつけている。
そうです。
ドロシーちゃんから見たら、急にペン吉君が動き出した、というまさに怪奇現象が起こってるわけです。
早々に説明しないと。
「ドロシーちゃん、この人はペン吉君と言って……」
「一体どこから来たのよ? ニーナの様子が、ずっとおかしかったのはあんたのせい?」
「あ?」
攻撃的なドロシーちゃんの言葉を受けて、ペン吉君が低い声を出す。
キレッキレの目がゆっくりと動いて、ドロシーちゃんを見る。
こ、これはまずい雰囲気です。
「ド、ドロシーちゃん? ちょっと落ち着いて……」
「ニーナはね、趣味に夢中になりすぎると、ご飯食べるのも忘れるし、三徹でも普通にする変態だけど」
あれ?
というか、それ、わたしの悪口になっていませんか?
「あの、ドロシーちゃん?」
「髪だってボサボサで、部屋だって壊滅的に汚いけど…」
そんな風に思ってたんですね…。
ほんの少し、傷つきました。
けれど。
「でも」、と続いたドロシーちゃんの言葉に、胸が温かくなる。
「でも、この子はね。 すっごくいい子なの」
「……ドロシー、ちゃん…」
「馬鹿な嘘はつかないし、頼み事は断れないほどのお人好しだし。 なにより…」
「───なによりわたしの大事な友達! 傷つけたりしたら許さないわよ!」
ドロシーちゃん。
普段はあんなにツンツンしているのに。
不覚にも涙が出そうです。
でもこんな風に言われたら、あの極悪非道なペン吉君が一体どれほど暴れまわるか。
そう思って、ペン吉君に視線を向ければ。
「……うん。 悪かった…」
「え?」
「は?」
思っても見なかった言葉に、わたしとドロシーちゃんの声が重なる。
「あんたの大事な友達、俺の都合で巻き込んで悪かった」
ペコリ、と迷いなく下げられる頭。
あ、あの、傲岸無礼なペン吉君が、謝った…?
「なるべく早く出ていくようにする。 ボッチ…いや、ニーナにも極力迷惑かけねぇ。 だから、もうちょいあんたの友達に世話になるの、許しちゃくれねぇか?」
頭を下げてる。
許可を求めてる。
魔道具、に…?
その光景を見ているうちに、忘れたくても忘れられない声が蘇った。
【何あれ、気持ち悪い】
いつまでも消えない言葉。
【魔道具が勝手に動いて喋ってるわよ? 友達いないから自分で作ったんじゃない? だっさ】
皆が気持ち悪い、って言ったのに。
誰もドロシーちゃんと話そうともしなかったのに。
なのにペン吉君は、当たり前のようにドロシーちゃんと話をして、頭を下げるのですか?
「……ふん、分かればいいのよ。 だけど、なるべく早く出てくように!」
「おう、これからよろしくな、ドラ!」
「はあ? 誰が、ドラよ! わたしはドロシー! それにペンギンって! 飛べないペンギンごときが、いっちょ前に鳥類名乗ってんじゃないわよ!」
「いや、ペンギンは俺の趣味じゃねぇし。 俺だって、こんな短い腕……って、うおい、ボッチ! 腕、いきなりとれてんじゃねぇか! 俺の腕ー!」
「ぎゃはは、なにそれ、だっさ!」
……ドロシーちゃんとペン吉君が、とても楽しそうに言い合いをしている。
その光景に、視界がぼやけると同時に、わたしの口角もあがる。
「腕! 腕付けてくれ、ボッチ!」
「なくても対して長さ変わってないしぃ! その腕、いらないんじゃん?」
「いらんわけあるかー!」
ふふっと、思わず笑みが漏れる。
こんな風に笑ったのは何年ぶりでしょうか。
「ふふ、すみません、固定をし忘れました」
「忘れんなよ! は、まさか足とか頭も固定してねぇんじゃねぇだろうな! しっかりしてくれよ…頼りにしてんだからよ、ニーナ」




