エピローグ おかえりなさい
優しく名前を呼ばれて、意識が浮上する。
苦労して目を開けた。
眩しい。
まるで何年も光を見ていなかったように、世界はとても眩しく思えた。
ふと、光を遮るように小さな頭がでてきて。
わたしの顔をまじまじと覗き込んだ。
陽の光を浴びてキラキラと光る金の髪。
逆光で瞳の色はよく分からないが、5歳くらいの男の子だ。
なんだか誰かに似ている気がする。
「……ははさまぁ。 やっと猫ちゃんがお目々を開けてくれました」
嬉しそうに子供が笑う。
少しマヌケなその笑顔。
思い出した瞬間、ギュッと胸の奥が苦しくなった。
「………?」
違う、あの子はこんなに幼くない。
髪の色も、性別だって違う。
なのにその子供の笑顔は、なぜだか大事な友人を思い起こさせた。
突然、視界が揺れた。
抱き上げられたのだと理解した瞬間。
ぎゅっと体を抱き込まれた。
懐かしい。
涙が出るほど懐かしい感触がした。
「……ドロシーちゃん、わたしが分かりますか?」
震える声。
おかしいわ。
この声、知ってる。
でも。
「……あんただれ?」
わたしの言葉に、その人物は、酷く傷ついた顔をする。
隣に立っていた、金髪の物凄いイケメンも。
そして先ほどわたしの顔を覗き込んでいた子供も。
みんなが一斉に落胆の表情を見せた。
なによ。
なんだってそんな顔をされなきゃいけないのよ。
いきなり見知らぬ相手に抱き上げられた、わたしの身にもなってみなさいよ!
まるでわたしが悪いみたいじゃない!
ふん、と顔を背けて。
そこで、周りの光景がわたしの目に飛び込んできた。
足の踏み場もないほどに散らかった部屋。
でも。
その散らかし方には覚えがあった。
あそこには魔石。
あっちには沢山の資料。
そしてあっちの棚にはきっと。
「……ペン吉?」
完成された大事な子供たちを置いておく場所。
そこには見慣れた赤いパンツを穿いたペンギンが、丁寧に置かれていた。
はっと息を呑むような音が聞こえ、ゆっくりとそちらに顔を戻した。
綺麗に梳かしつけられた黒髪。
飾られた銀色の髪留め。
こちらを真剣に見つめてくる薄紫色の瞳。
ああ、よくよく見れば、見知らぬ相手なんかじゃ全然なかった。
「……ニーナ。 あんたなんか、年、とった?」
声をかければ。
ボロボロとニーナの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「……はい。 あれから、8年、経ちました」
8年?
それはまた随分と長く眠ってたみたいね。
けれど、それよりも気になるのは。
「……ドラ、お前ほんとにドラ、か? 俺が分かるか?」
俺が分かるか、ですって?
なによ、その嫌な愛称。
ドラ、なんて呼び方するなって言ったわよね?
まさかこのイケメンが、あの変態パンツの中身なの?
確かに、なんかそんな事があったような気がするけど、本当に?
「じゃあ、この子供はまさかあんたたちの…」
「はい、息子のリオンです」
紹介されて、リオンがヘラリと笑う。
あの少しマヌケな笑顔。
ああ、確かにニーナの息子だわ。
変態パンツの血が確かに入っているのが、気に食わないけど。
思っていたら、またぎゅっと体を抱き込まれた。
「……おかえりなさい、ドロシーちゃん。 おかえりなさい」
何度も何度もそう言われ、その度に体を強く抱きしめられた。
流石に苦しいわよ、ニーナ。
ま、魔道具には苦しいも痛いもないんだけどね。
でも、それでも胸がどうにも痛いのはなんでなのかしら。
「…ねぇ、ニーナ?」
正直眠ってたときのことは覚えていない。
でも。
「……ずっとわたしのこと呼んでくれてたでしょ? ちゃんと聞こえてたよ」
そう言えば、ニーナが泣き出したのが分かった。
「わたし、耳がいいっていったでしょ?」
泣かないでよ。
「……笑ってよ」
わたしはさ、あんたの少しマヌケな笑顔が大好きなんだから。
「リオン? ははさまが感動して泣いてるからちょっとそこどきなさい」
「えー? や!」
「や、じゃないだろ。 いい子だから、どきなさい。 ははさまを慰めるのは、ととさまの役目だろ?」
「や! 僕がいい子いい子する!」
「マジかよ、俺にさせてくれよ。 な、ニーナ?」
「ありがとうございます、リオン」
「…………だよな、うん、知ってた」
「あんたも、苦労してるわね、ペン吉」
「わかってくれるか、ドラ」
「……おかしな愛称で呼ぶんじゃないわよ」
今までお付き合い下さりありがとうございます。
まだ、ジルのその後、レオとテオ兄弟の再開の場面、元気なアイラとカイル、ニーナとレオの新婚生活など、いくつか番外編を書く予定ですが。
本編はここで完結させて頂きます。
もしよかったら、評価くださると嬉しいです。
ありがとうございました。




