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最終話 悪霊からの求婚

コンコンコン、とドアをノックする音が聞こえる。


少し乱暴な叩き方。

父じゃない。

あの叩きからは。


思った瞬間、ドアが開かれた。


「……ニーナ、やっほー」


そこには想像通りの人物が立っていた。

両手に大きな魔道具を一つ持っている。


「……エミリアさん、まだ返事をしていません」

「いいじゃなぁい、硬いこと言わないでよぉ。 わたし昨日から寝てなくて、ふらふらなんだからぁ」


エミリアさんは、大げさなほどふらふらと体を揺らしながら部屋に入ってきて。

空いているスペースに腰をおろした。


一晩徹夜したくらいで大げさです。

さすがに三日寝ないと、わたしも生命の危機を感じますが。


「……今日も酷い散らかりようね? あのメイド…なんだっけ? クリス? …に、定期的に掃除してもらってるんでしょ?」


作業を続けたまま、わたしは答える。


「……クリス、ではなくクレアさんです」

「そうそう、あの面白いメイド! なんでもあんたに『責任取ってもらった』とか言ってたわね」

「はい、責任を取って体に戻したのですが。 それでは足りないと言われたので、屋敷に来てもらうことにしました」

「……体?」

「やはり女性の服を何度も脱がしたのですから、そう簡単に責任は取れませんね」

「…服、を脱がし? ………ま、まあいいわ。 なんか細かく聞くのが、怖い気もするし」

「はい」


ガチャガチャと手元を動かしながら、エミリアさんの話に相槌を打つ。


「…でね、ニーナ。 今日はここの配線の仕方を教えて貰いに来たの」


ですよね。

そういう話ですよね、知ってます。


「……エミリアさん」

「お願い、今回だけ! 明日が提出期限なの!」

「…この前もそう言ってましたが…」

「…ニーナァ」


涙目で上目遣いに見つめられ、はぁっと大きなため息が出た。


「…本当に、今回だけですよ?」


数週間前も同じ言葉を言った気がするけれど。


「ニーナ、ありがとう!」


大げさにお礼をいうエミリアさんから魔道具を受け取り、配線に目を通していく。


「……とても上手に組まれています。 ただ、ここと…あとここが上手く繋がっていません」

「そうなの。 でもそこを補おうとすると、こっちがおかしくなって困ってるの」


確かにそうだ。


「…では、もっと根本から一緒に見ていきましょう」

「うん、じゃあもう少しバラすね」


カチャカチャと、エミリアさんが手際よく外装を外していく。

少し時間が掛かりそうなので、わたしも自分の作業を続けた。


「……そう言えばさあ、ここに来る途中で、いかにも『ヅラ被ってます!』って感じの、小柄な男性とすれ違ったんだけど」

「カエサルさんですね。 父と友人になったそうです」

「伯爵の? それにしても、ヅラの被り方が下手すぎて、目のやり場に困ったんだけど。 もう少し伯爵に使用方法を教えてもらったほうがいいと思うの」

「父に話しておきます」

「あはは、『ヅラの上手な被り方』ってさ。 教える方も、教えられる方もなんか微妙よね」


エミリアさんは楽しそうに笑う。

そして。


「……ね、ニーナ?」


少しの沈黙の後。

緊張でもしてるのか。

少しだけ硬い声で名前を呼ばれた。

手元を見つめたまま、「はい」と返事をする。


「…来週ね、魔工学部で茶会があるの。 嫌じゃなかったら、またいらっしゃいよ」

「はい」

「……無理してない?」

「してません。 面白い話も沢山聞けましたし、楽しかったです」

「…そっか。 よかった…」


少しだけ強張っていたエミリアさんの顔が、安堵したように緩む。


ああ、エミリアさんはきっと……。


「……もう、大丈夫、です。 外、そんなに怖くないです」

「…ニーナ…うん、よかった。 ………ごめんね」


はい、と返事をして。

また二人でガチャガチャと作業を続ける。


「……そう言えば、さ。 半年前に、王宮に戻ってきた第一王子の話、知ってる?」

「いえ」

「十年以上前に病死したとされていた王子殿下が、なんと生きてたんだって!」

「そうなんですか」


エミリアさんの熱量がどんどん上がっていく。


レオが以前言っていた通り、女性は王子様が好きなのでしょうか。


「その王子殿下……あ、陛下のお兄様らしいから、王兄になるのかな? で、その王兄殿下が、陛下そっくりなお顔の上に、少しワイルドさもあって、物凄く素敵なの!」

「そうなのですね。 ……あ、そのくらいでバラせばもう十分です」

「もう、ニーナってば! 本当にこういう話に興味ないわねぇ? 誰かいい人でもいないの?」

「……いい人……。 大事な人、はいます」


頭にすぐ浮かんだのは、ドロシーちゃんと…。


「ちょっと待って! まさかその大事な人って、あの時一緒にいた、『赤パンツ穿いたペンギン』のことじゃないわよね?」

「…え? ……どうしてそう思うのですか?」

「いやだって、あんたあの時ありえないほど取り乱してたし。 どう見ても相手は、『特別な人』って感じだったじゃない」


特別な人。

あの時から既にレオは、わたしの中の『特別な人』になっていたんだろうか。


「うーん。 ニーナ? わたしは、偏見がある方じゃない。 ドロシーさんも、あんたの友人だと認めてる。 ただあのペンギンを恋人にするには、色々と問題があるかもしれないわね」


「少なくても、服は着せたほうがいいわ」、と。

エミリアさんは真面目な顔で言う。


レオも気にしていたけれど。

ペン吉君はあの赤いパンツが可愛かったのに。

そうは思うものの。

エミリアさんの気遣いが嬉しくて。

わたしは「考えておきます」とだけ返事をした。


「……ああ、そっか、なるほど。 ここの配線に問題があったのかぁ」

「はい。 でも着想はとても良かったと思います」

「ニーナにそう言ってもらえると、自信がつくわ!」


「屋敷に戻って寝てくる。 また来週ね」と、そう言い残してエミリアさんは帰っていった。


急に静かになった室内で、魔道具を組み立てるカチャカチャという音が響く。


そしてどれくらい時間が経ったのか。

またコンコンコン、と扉がノックする音が聞こえた。

少し控えめな音。

この音は。


「はい」


父だ。


「……ニーナ?」


父は扉を開けることなく、話し続けた。

驚いて言葉をなくすような事を。


「ニーナ、お前に婚約の打診があった。 お相手はフィガロ公爵閣下だ」


「……フィガロ、公爵?」


頭に思い浮かぶのは、半年前に騎士団に捕縛されたジルさんの顔。

でも彼は、第一級犯罪者として、王宮の地下牢に生涯幽閉になった聞いている。

なのに。


「…ああ、ニーナ? この話を受けるかどうかは、自分の意志で決めなさい」


扉の向こうで、父と誰かが話す声が聞こえる。


「……フィガロ公爵閣下が、お前と話がしたいそうだ。 開けるよ?」


返事を待たず、扉がゆっくりと開いていく。

そして。


「うわ、マジかよ。 相変わらず、きったねぇ部屋だな」


陽の光を浴びてキラキラと輝く金の髪。

綺麗な青い瞳を優しく細めて。

二カッと笑うレオが、そこにいた。


「……レ、オ?」

「おう」

「…本当に?」

「おう。 こんな男前が、二人もいるわけねぇだろ? ……いや、いたわ…」

「……あ、そこ、大事な部品があるので、気をつけて下さい」

「…はいはい。 ……相変わらずだな、お前は…」


クツクツと喉をならして、とても楽しそうにレオが笑っている。

それを見ているだけで、なぜだか泣きそうになった。


床においてある部品を踏まないように気をつけながら、レオがわたしの目の前までやってきた。

おもむろに、手を握られる。


「待たせてごめんな、ニーナ? めちゃくちゃ忙しかったんだ」

「遅いです」

「……よかった、待ってなかったって言われなくて…」

「なんですか?」

「いや、なんでもねぇ。 こっちの話だ」


そうしてレオは、わたしの目をまっすぐに見つめながら、その場に膝を付いた。


「ニーナ」


レオの瞳は本当に綺麗です。

そんな事を思いながら「はい」と返事をする。


「俺、お前のことが好きだ。 めちゃくちゃに惚れてる」

「……は?」

「一生大事にすると誓う。 だから俺と……友人じゃなく、夫婦になっちゃくれねぇか?」

「…夫婦、ですか?」

「そうだ」


夫婦。

レオ、と。


思っても見なかった言葉に頭が混乱する。

助けを求めるように、視線を動かせば。

扉の向こう側から、心配そうにこちらを見つめている父と目があった。

肩をわすかにすくめた父が。

頑張れよ、とでも言うように右手をあげた後、その場から静かに離れていく。


【この話を受けるかどうかは、自分の意志で決めなさい】


先程の父の言葉が頭をよぎる。

あれは。


「……フィガロ公爵、というのは…」

「ああ、俺だ」

「……レオは、公爵になったのですか?」

「ああ。 フィガロ領を押し付けられた」


押し付けられた?

誰に?

どういう経緯で?

聞きたいことは沢山あった。

でもそれよりも、先に言いたいことがあった。


「……わたし、社交なんて上手に出来ません」

「ああ、やらなくていい」

「出来れば、部屋に閉じこもってずっと魔道具づくりをしていたいです」

「ああ。 だが、三徹はやめろよ?」

「…それから……ドロシーちゃんを、直すことに全力を尽くしたい、です」


握られたままだった手が、ギュッと握られた。


「ああ、勿論だ。 俺もドラに早く会いたいからな」

「いいのですか? 部屋に閉じこもって、ずっとガチャガチャやりますよ?」

「ああ。 お前がさっきまでガチャガチャやってたそ(・)れ(・)も、ドラを直すためのやつだろ?」


レオの視線がわたしの足元へと向かう。

先程までわたしが懸命に組んでいたドロシーちゃんの、体。


「これからは俺も手伝う。 出来ることがあったらなんでもやるから言え。 珍しい素材でも今から揃えられるぞ!」


「権力と金を取り戻したからな」とレオは笑う。


「……レオ」


「うん?」と。

わたしを見上げるレオの顔がとても優しくて、また泣きそうになった。


「……結婚してずっと一緒にいるなら、レオ、がいいです」

「………」

「レオ、じゃないと嫌、です」

「……お前はまた不意打ちか…」


跪いたまま。

レオが左手で口元を覆い隠した。

その顔も、耳も、真っ赤に染まっていて。

なんだかとても可愛く思えた。


「……でもニーナ? たまには俺にもかまってくれるよな?」

「……はい、たまには」

「……たまには、かぁ……。 だよな、知ってた…」










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