44 何年かかっても、必ず
「ニーナ、足元気をつけろよ」
焼け落ちた研究所。
まだ水が滴っているそこを、レオに手を引かれて歩く。
屋敷の人に持ってきてもらった見取り図と、歩数で、ドロシーちゃんがいる場所が大体分かるらしい。
「ひでぇ有様だな」
部屋は見る影もなかった。
ここで保存されていたものは、全て焼け落ちてしまっただろう。
研究資料も。
そしてユリアナさんも。
「…はい。 棚においてあった魔石が爆発したのが、原因だと思います」
「魔石って爆発すんのか?」
「はい、高温に晒され続ければ…」
「……そうなのか…」
その後は、無言で歩き続けた。
一歩、一歩。
先ほどレオに手を引かれて歩いた道を。
瓦礫を避けながら、またレオと歩く。
近づいていく。
ドロシーちゃんに。
早く助けたい。
そう思うと同時に。
もし見つからなかったら?
見つかったとしても、どうしようもないほど破損してたら?
そんな嫌な予感が、どうしても頭を過ってしまう。
「……多分、この辺りだ」
レオが不意に立ち止まった。
そして。
わたしの顔を覗き込んだ。
綺麗な青い瞳が、心配気に揺れる。
「……いけるか?」
ドロシーちゃんを探せるか、と聞いているのだ。
わたしはそれほど酷い顔色をしているのだろう。
それでもレオは、自らドロシーちゃんを探そうとしてくれてる。
騎士団の人に任したりせずに。
わたしも。
ドロシーちゃんを助けるのは、わたしでありたい。
他の誰かには任せたくない。
「はい、いけます」
レオの青い瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら、頷いた。
「…よし、じゃ、これを使え。 無理はすんなよ」
レオに革手袋を借り、辺りを捜索していく。
レオが大きな瓦礫をどかしてくれる。
小さな瓦礫に埋まってしまっている可能性も考えて、軽く掘ってみた。
見つからない。
いくつもいくつも、瓦礫をどかした。
もうレオに借りた革手袋はボロボロだ。
レオの手も体も、きっとわたし以上にボロボロだろう。
それでも、ドロシーちゃんは見つからない。
絶望が、心を支配していく。
その時。
チリン。
音が聞こえた。
レオがどかした瓦礫の下。
高く澄んだ鈴の音。
あれは、ドロシーちゃんに付けられていた。
「ドロシーちゃん!」
「ニーナ、多分この下辺りだ!」
鈴の音が聞こえた場所を、夢中で掘り返していく。
手袋が破けて、指先にわずかに血が滲んでも。
それでも掘った。
掘り続けた。
そして。
見つけた。
「……ドロシーちゃん」
真っ黒に焼け落ちた小さな体。
片耳は失われ、手足の原形もとどめていない。
震える手で、その体を抱き上げようとした。
けれど。
脆くなった外装はわたしの手の中で、ポロポロと崩れ落ちていく。
「……ニーナ」
そして、わたしの手の中には小さな銀盤だけが残った。
今よりも随分たどたどしい文字で書かれた術式。
ドロシーちゃんの核となる部分。
でも、ひび割れている。
術式も、一部が焼けて判別ができないほど壊れていた。
「……直せる、か?」
遠慮がちに聞こえてきたレオの声。
わたしは手の中に残った銀盤を、胸に抱いた。
正直に言えば。
ここからの修復はかなり難しい。
けれど。
「……直します。 何年かかっても、必ず」
「……うん」
レオの手が、またポンとわたしの頭にのせられる。
「……じゃあ、戻るか」
消火は済んだとはいえ、ここは安全とは言い難い。
「はい」と返事をし、またレオに手を引かれながら出口へと向かう。
恐怖や絶望はもうなかった。
ただ、ドロシーちゃんにもう一度会う、という強い意志がわたしの心を満たしていた。
「……あ、ハゲ…」
焼け落ちた研究室から外に出た時。
不意にレオの声が聞こえ、顔をあげた。
騎士団の人が、担架に人を載せて運んでいる。
きっとレオが先程言っていた、『地下に残っていた人』なのだろう。
沢山いるその人達の中で、見知った姿があった。
つるりと綺麗な頭皮。
成人男性にしては、少し小さめな体。
「…あれって、あのハゲサルじゃねぇ?」
「……カエサルさん、ですね」
「そんな名前だったか?」と、レオはクツクツと喉を鳴らして笑っている。
きっと、わたしを気遣って笑ってくれてるんだと思う。
「……カエサルさんの体、無事だったんですね。 よかったです」
あの運ばれている人の中に、クレアさんの体もあったらいい、と心から願った。
「……体は無事でよかったけどよ。 魂? ってのを、ちゃんと体に戻せんのか? 俺は体に近づいた途端戻れたけど。 他の奴らは、そうはいかないんじゃねぇの?」
魂と体。
同じ敷地にいて尚、魂は体に戻れていない。
戻るのは、なにか特殊な方法が必要なのではないか。
レオが言いたいのはそのことだろう。
「はい。 魂が出られないように固定されていました。 あのままでは体には戻れません」
「じゃあ…」
「どうしようもねぇのか?」と。
眉根を下げて苦しそうに問うレオに、わたしは顔を上げた。
胸に抱いたままだった大切な銀盤を握りしめつつ。
「わたしが助けます」
静かに告げた。
ジルさんが作った術式を解除する。
その分、ドロシーちゃんにあえる日が遅くなってしまうけれど。
でも。
同じ魔技師として、これはわたしの役目だと思うから。
だから、少しだけ待っていて下さい、ドロシーちゃん。
「……そうか。 頼もしいな、ニーナは」
レオが、なぜか眩しそうに目を細めてわたしを見た。
「…おい、じゃあさ。 あのハゲサルのツルッとした頭には、魔道具に付けられてたヅラをプレゼントしてやろうぜ! あいつきっと泣いて喜ぶぞ」
カッカッカッと、レオは楽しそうに笑っている。
なんだか子供がいたずらをする時みたいな、そんな笑い方に、肩の力が抜けた気がした。
「じゃ、大仕事の前に、ちょっと屋敷で休ませてもらおうぜ」
レオがまたわたしの手を引いて歩き出した。
その時。
「………お兄…ちゃん?」
子供特有の高い声が、すぐ近くから聞こえた。
反射的に振り返った時。
「お兄ちゃん!」
小さな男の子が、レオに飛びついてきた。
結構な勢いがあったはずなのに、レオの体は微動だにしない。
その事に少しだけ驚いている間に、あちこちから子どもたちが集まってきた。
10人。
20人?
ううん、もっと沢山の子どもたちが、レオを取り巻いている。
レオには、こんなに沢山のご兄弟がいたのでしょうか?
ご両親、頑張りましたね。
「お前……あの時の坊主か? 無事、だったのか」
レオの声が少しだけ震えた。
そんな気が、した。
「うん、お兄ちゃん。 お兄ちゃんが研究所を壊してくれたお陰で、僕たち機械にされずに済んだよ」
そこまで言われて、初めて彼らがジルさんの研究対象だったのだと気がついた。
彼らもきっと、地下に囚われていたところを救出されたのだろう。
「上手く機械になれずに、何人も死んじゃった。 次は僕の番だった」
ぎゅっと男の子が、レオの服を強く掴む。
「でも、お兄ちゃんのおかげで、僕……生きてるよ」
────「ありがとう」と。
レオに抱きついていた男の子が、泣きながら告げた。
その言葉を合図にしたかのように、「ありがとう」「お兄ちゃんのおかげ」と。
周りの子供達も口々に告げた。
「……そっか…お前ら、生きてた、か…よかった…」
今度こそ、レオの声は確かに震えていたけれど。
わたしは気づかないふりをして、ただ静かにレオの手を強く握った。
「俺のおかげじゃねぇ。 お前らが、頑張って助けを求めたからだ」
答えるようにわたしの手を強く握り返した後。
レオはそっと手を放し、その場に屈んだ。
子供たちと目線をあわせてから、柔らかく微笑む。
「…お前ら、よく頑張ったな。 …偉かったぞ」
くしゃくしゃと。
子供たちの頭を、少し乱暴に撫でているレオが。
なんだか眩しく見えた。
どうしてでしょう。
朝日にはまだ時間があるのですが。
「おーい、君たち」
不意に声が聞こえた。
騎士団の人たちだ。
「あ、ごめんなさい、お兄ちゃん。 僕たち今から『じじょちょうしゅ』ってのがあるんだって」
「事情聴取、な。 おう、頑張ってこい」
はーい、と返事をした子供たちが、騎士さんに連れられていく。
その後姿を見て、本当に無事で良かったと心から思った。
「レオ様」
「おう、サイラスか」
子供たちと入れ替わるようにして、騎士団長だというサイラスさんが歩いてくる。
レオの数歩手前で立ち止まり、うやうやしく敬礼をした。
「ってかその、レオ様ってのやめろ。 違和感しかねぇ」
「はっ。 しかしお言葉ですが、テオドール陛下より、あなたには最上級の礼を尽くすように、との厳命を受けておりますので。 どうか、ご容赦ください」
「…テオのやつ……嫌がらせか? ……いや、違う、大真面目だな、あいつは…」
テオドール?
聞いたことがある名前ですね。
どこでだったでしょうか。
「まあ、いい、で?」
「はい。 ご命令通り地下を捜索しましたところ、昏睡状態の人間数人と、元気な子供たちが発見されました。 それから、残念ながら……ご遺体も数体。 こちらがリストです」
「………。 ……そうか…」
手渡された書類をめくったレオの顔が、一瞬だけとても苦しそうに歪んだ。
「…レオ?」
「……大丈夫だ」
暫くの沈黙の後。
レオはわたしと目を合わせ、眉尻を下げて笑った。
「レオ様、今からフィガロ公爵を城へと連行いたします」
「……ああ」
「レオ様にも、ご同行していただきたく思います」
「…俺も?」
レオは一度わたしを見た。
視線はわたしが胸に抱いている銀盤を見て。
またゆっくりとわたしに戻ってくる。
「……いや、無理だ。 俺は今から……」
「出来れば、で構いません。 テオドール陛下から、レオ様をお連れするようにと…。 しかしこちらは、『命令』ではなく、あくまでも『レオ様の意志を尊重するように』、とのことでしたので…」
「……テオ…。 ……国王は崩御して、向こうはさぞかし大変、だろうな…」
「そうですね」
数秒の沈黙。
迷うようにレオの視線が揺れる。
けれどそれもほんの僅かな時間で。
すぐにレオは、何かを決意した顔をわたしに向けた。
「……ニーナ」
「はい」
青く美しい瞳がわたしを見つめる。
レオの指先が、ゆっくりと伸びてきて。
わたしの頬に触れた。
「…はは、煤だらけ」
ゴシッと頬を拭ってくれた手は、そのままわたしの髪に触れた。
そして。
パチン、と何かがハマる音がする。
「うん、思った通り。 よく似合ってる」
「……こ、れは?」
「貢物…じゃねぇ、贈り物だ」
左手で確認してみる。
これは、髪留め、でしょうか?
そう思った途端、胸の奥がギュッと締め付けられた。
「なあ、ニーナ。 俺は、ちょっと用事があるから、側を離れるけど」
レオが、離れる?
その事実に、胸の奥がどんよりと沈んだ。
「………まあ、お前は俺がいなくても平気だろうけど。 でも帰ってくるから待って…」
「淋しいです、レオがいなくなるのは! だから、帰ってきて下さい」
レオの顔がみるみる赤く染まった。
「………っ! お、まえ…だから不意打ちはやめろって言ってんだろっ」




