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43 その手を離さないで

「行ったら、駄目、です」


そう告げる声が震えている。

俺の手を握る、小さな手も。

肩も。

煤だらけの頬には、未だに幾筋も涙がこぼれ落ちているのに。

それでもニーナは、俺の手を取って放さない。


これじゃあ、さっきと立場が逆、だな。


俺は無理矢理お前を連れ出した。

恨んでもいいくらいなのに、な。


でもな、ニーナ。

俺、偶然じゃねぇと思うんだ。

お前が、この留め具に仕込んでくれた防御術式。

俺はもう使い切ったと思ってたけど、まだ残ってたんだな。

で、この術式が発動した時、さ。

もう一歩でも踏み出してたら、お前は術式の範囲外だった。

お前、ドラのところに行こうとしてたよな?

俺にはさ。

そのお前を、ドラが止めたように見えたんだよ。

勝手な妄想って言われれば、そうなのかもしれねぇ。

ドラは、助けを求めてたのかもしれねぇ。

だけど、よ。

俺にはそう見えた。

お前を連れて、さっさと脱出しろって。

そう言われたような気がしたんだ。

……ごめんな。

お前がどんだけ辛かったか、分かってる。

今もすげぇ辛いよな?

それでも、俺の手を取って「行くな」と言ってくれる。

引き止めてくれる。

ありがとうな。


言葉には出来ない思いを込めて、ニーナの小さな手を握り返した。

その時。


「………レオ、様でいらっしゃいますか?」

「……あ?」


不意に後ろから声をかけられた。

反射的に振り返る。

そして、絶句した。

なんだかやたら人の気配を感じるな、とは思ってた。

使用人にしては、足音が洗練されているな、とも。


だけど、まさか。


「……騎士団、か?」


黒と赤を基調とした、固っ苦しい服には覚えがあった。

そしてそれを率いている、この髭面の男にも。

この国の騎士団と、団長のサイラスだ。

だけど、なんでこんなところにこいつらが?

この火災を鎮圧しにきたのか?

いくら公爵家とはいえ、一貴族の屋敷の火災に、騎士団が出てくるのか?


「……騎士団長を務めております、サイラスと申します」


知ってる。


「あなた様は、レオ様、で間違いありませんか?」


そうだけど。

何だよ、お前?

ってか、「レオ様」とか言われると薄ら寒いんだが。


しかし、沈黙に徹する。

こいつらがここに来た目的がわからねぇ。

まさか国王の指示で、キザオを保護しにきたのか?

自然と頭と体が、警戒モードに入る。

無言の俺を訝しむように、サイラスは眉を寄せた後。

離れたところに、放り出しておいたキザオを見つけたらしい。

驚いたように、その目がわずかに見開かれる。


ちっ、しくったな。

ここで国王の介入を許すと、ちょっとばかし厄介なことに。


「……テオドール殿下…いえ、テオドール陛下のご命令で、フィガロ公爵を捕縛に参りました」

「……テオ?」


思わず声が出た。

それも、殿下ではなく、陛下、だと?

それはつまり。

長く患っていたあの国王が…。


「死んだのか…?」


誰からも、返事はなかった。

けれど、皆が一様に沈痛な面持ちで頭を下げたのを見て。

ああ、そういうことなのか、と納得した。


……そうか…死んだのか、あのクソ親父…。

親子の会話なんてなかった。

顔をあわせたのも数回程度だったのに。

それでも…悲しいもんだな…。


思いがけずに届いた親の訃報に、心がわずかに沈む。


その時、不意に。

本当に不意に。

握ったままだった手を、強く握り返された。


「…ニーナ…」


俺が国王の息子だなんて、まだ知らないはず。

なのにそれでも。


……ったく、敵わねぇなぁ。


愛しさが、腹の底から込み上がってくる。


「現場では、あなたの指示に従うよう命じられています」


サイラスの言葉に、俺は顔をあげた。


「すぐに屋敷の消火にあたれ。 地下にまだ誰かいる可能性もある。 捜索しろ。 そして…」


……アイラ。

……ドロシー。

これで。


「…キザオ…じゃねぇ。 …フィガロ公爵は、非人道的な実験で、何人もの人間を死に追いやっている。 証拠も揃えてある。 故に……」


これで新たな犠牲者はいなくなる。

そう思いながら。


「捕縛せよ」


俺はそう、命じた。


「御意」


騎士団の奴らが、一糸乱れぬ動作で頭を下げるのを。

俺はニーナの小さな手を握りしめたまま。

見つめていた。


……もうちょっとだけ待ってろよ、ドラ。











「……ところで、なんで俺がレオだと分かったんだよ?」

「はい。 その場にいるであろう、『誰よりも格好良い男性を探すよう』に陛下に命じられました」

「…は? 今俺、顔、見えてねぇよな?」

「はい。 そのマスク、カッコいいですね」

「…いや、だから、顔、みえねぇよな?」

「はい。 しかし恐ろしいほどのイケメン臭が全く隠しきれておりません」

「……ニーナ聞いたか? ……うん、聞いてねぇよな。 ……知ってた」

「…ご苦労されてるんですね」



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