41 あなたの命令には従わない
バチッ。
響き渡る放電音。
ドロシーちゃんの体を包み込む、青白い電流。
ジルさんの術式はとても複雑で、強い。
それを無理矢理内側から破ったりしたら、どうなるのか。
はっきりとは分からない。
でも逆らうことで、術式そのものが全て壊れるなら、それは…。
「……ニー…ナ……ねぇ…だい…すき…」
「ドロシーちゃん! 待って、ねえ、待って下さい!」
ドロシーちゃんの体が。
一歩。
二歩。
よろよろと頼りなくこちらに歩み寄ってくる。
一際大きな放電が起きた。
青白い光がドロシーちゃんの体を包み込む。
そして。
チリン。
床に落ちた鈴が、そんな物悲しい音を立てた。
「……ドロシー…ちゃん?」
ドロシーちゃんと一瞬だけ目があった。
笑った。
そんな気がした。
やがて。
その小さな体が、ふらりと力なく揺れて。
パサリ。
あまりにも軽い音を立てて、ドロシーちゃんはその場に倒れ込んだ。
そして。
────動かなくなった。
「ドロシーちゃん!!」
悲鳴のように名前を呼んだ。
「うるさいわよ、ニーナ」
呆れたように、でも毎回返事をしてくれた彼女は動かない。
「……違う、そうじゃないです」
カタカタと恐怖で全身が震える。
「…嘘です。 そんなはずは……ドロシーちゃん、ねえ、聞こえてますよね?」
すぐに駆け寄って、その身体を抱きしめたい。
でも。
怖い。
「あったりまえでしょ。 わたしは耳が良いのよ」そう言ってほしいのに。
ドロシーちゃんの体に走る、あの青白い放電の光が。
そして、魔技師としての知識が。
ドロシーちゃんの体に、何が起きたのかを理解させる。
ふらつく体で、ドロシーちゃんの方に一歩歩み寄った。
その時。
ボッ。
小さな音がした。
すぐには何の音か理解できなかった。
倒れて動かないドロシーちゃんのことで頭が一杯で、とても考える余裕なんてなかった。
けれど。
広がっていく赤。
体に伝わってくる熱が、嫌でもわたしの頭を働かせる。
「……火?」
最初は小さな火だった。
けれど、パンパンと何かが弾ける音がして。
炎はあっという間に、激しさを増していく。
────ドロシーちゃんの体から出た放電が、何かに引火した。
どうして。
混濁した頭で考える。
すぐに答えは見つかった。
倒れたドロシーちゃんの周りに転がっている、いくつもの透明な丸い玉。
着火剤?
そう思えるほど、玉は弾け、炎の勢いを強くしていく。
あんなものどこから。
『樹液は燃えやすいので火種に使える』
自分の中にある知識と。
【ユリアナは時々ね。 樹液を流すんだ】
先ほどジルさんから聞いた言葉が頭をかすめる。
……まさか……樹液?
反射的にユリアナさんに目を向けた。
そして。
言葉を失った。
「………泣いてる……」
ユリアナさんが。
美しい花の下にあった、変わり果ててしまった人の顔。
樹洞にも見える両目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちて。
丸く固まったそれは、体を伝い、床を転がっていく。
幾つも幾つも。
そしてそれを伝って。
ボッ。
炎は、ユリアナさんにも燃え移った。
「……ユリアナ?」
ジルさんの、呆然としたような声がどこか遠くに聞こえた。
嘘、です。
これは現実じゃない。
目の前で起っている事から、目を逸らしかけたわたしを。
「しっかりしろ、ニーナ!」
力強い声が呼び戻す。
……そうだ。
【しっかりしなさいよね、ニーナ】、と。
ドロシーちゃんにも、何度も叱られた。
だから。
しっかりしないと。
顔を上げた。
もう炎は、部屋のあちこちに燃え移っている。
棚に置いてある大量の魔石。
あれが炎に晒され続けたら……。
事態の深刻さが急に現実味を帯びてきて、血の気が引いた。
「ドロシーちゃん!」
とにかく、ドロシーちゃんを守らないと!
無我夢中で、一歩を踏み出した。
そこで。
ドン。
一際大きな爆発音。
反射的に振り返ったところで、誰かに身体を抱き込まれた。
激しい閃光。
荒れ狂う爆風。
体に伝わるいくつもの衝撃。
揺れる地面。
「ニーナ、大丈夫か!」
「はい、ありがとうございます」
レオが庇ってくれた。
体に痛みはない。
なら、もう一度ドロシーちゃんを助けに。
視線を戻して。
絶望した。
天井の一部が崩落し、道が塞がれている。
辺りは一面火の海、だった。
「ユリアナ! ユリアナァ!!」
部屋の奥から、ジルさんの狂ったような声が聞こえる。
すぐに逃げれば助かったはずなのに。
ジルさんは、自分の服を脱ぎユリアナさんの火を消そうとしていた。
あんなに取り乱した彼を見るのは、初めてだった。
「ニーナ、ドラを助けに行くならこっちから回り込め! 俺はあのバカを助けに行く!」
助けに行く?
ジルさんを?
あんな事をした彼を?
一瞬だけ、そんな残酷な疑問が頭を過ってしまった。
それに気がついたのか、レオが困ったように一瞬だけ眉根を寄せた。
「……甘いって分かってんだ。 でも、見捨てられねぇ」
そう言ってレオは、苦しそうに目を伏せた。
「……死んで『はい終わり』にはさせねぇ。 あいつには生きて、罪を償ってもらう!」
レオが何かを振り切るように、真っ直ぐに顔を上げた。
背筋を伸ばして、自分の意志を貫く彼が。
とても眩しく思えた。
「行くぞ!」
「はい」
レオの後に続いて、火と瓦礫を避けながら走る。
炎に包まれている作業台を回り込んだ。
燃え上がるユリアナさん。
彼女に必死にすがりつくジルさん。
そして。
そこから少し離れたところに彼女はいた。
わたしの大事な友達。
黒い毛並み、その一部が燃えている。
微動だにしない。
「おい、もう無理だ! 脱出するぞ! キザオ!」
「放してくれ! ユリアナが!」
そんな言葉を背中に聞きながら、走る。
「ドロシーちゃん!」
少しでも距離が縮まるように、右手を伸ばした。
その時。
今までとは比べ物にならない爆発音が響き渡った。
赤い熱波が吹き荒れる。
爆風が部屋の隅々まで広がって。
メキメキ。
嫌な予感がしたと同時に。
巨大な石塊が頭上に落ちてきた。
「ニーナ!」
そこからは、不思議なくらい時間がゆっくりと進んだ。
わたしを呼ぶ、レオの声。
視界の端に、ジルさんを抱えたレオが見えて。
必死でわたしに右手を伸ばしてる。
わたし達の上には大きな石の塊が、いくつも降ってきていて。
どこに避けても、きっともう助からない。
ああ、だったらドロシーちゃんの近くに行きたいです。
願いのまま、倒れて動かないドロシーちゃんの方に、無意識に足が出た。
違う。
足が出る、その直前に。
バチッ!!
一際大きな青白い放電が。
ドロシーちゃんの体から放たれた。
「…………っ!」
反射的に足が止まる。
その瞬間。
わたしの鼻先すれすれに、淡い光の壁が広がった。
ずずっと自分の魔力が動いたのを感じる。
これは。
ペン吉君のマントの留め具に仕込んだ、持ち主に危険が迫ると自動発する防御術式?
思ったとほぼ同時に、頭上から激しい衝突音が聞こえた。




