↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/46

40 ねぇ……大好き……

「……ドロシーちゃん、ずっとずっと大好きです」


震える声に、意識が少しだけ浮上する。


ニーナ?

なによあんた、また泣いてんの?

全くしょうがないわね。

今度は何があったのよ?

聞いてあげるから、話してみなさいよ。


そう言ったはずなのに。

おかしい。

声が出ない。


なんなのよ、これ?


「……悲しいな。 ニーナなら分かってくれると思ってたのに」


頭上から聞こえた悲しげな声に、体と頭が勝手に反応する。


この人は。

……そう、ジル、だ。

好き。

大好き。

ねえ、悲しまないで。


ゴロゴロと喉が勝手に鳴る。

体が、その男にすり寄る。


………は?

気持ち悪い。

心底そう思うのに。

なのにわたしは、一生懸命自分の体をそいつに擦り付けている。


なんなの、これ……。


【みぃつけた】


頭の中であの公爵の声が響く。

そうよ。

あの日わたしは、公爵の隙をついて逃げ出した。

でもすぐに壁際に追い込まれて。

何か道具を使われたのか、体が思うように動かなくなった。

ニコニコと不気味なほど穏やかに笑う公爵が、だんだん近づいてきて。


【うん、おやすみ、ドロシーさん】


それが、覚えている最後の言葉。


「……ねえ、ジル。 いつまで難しい話してるの? 早く戻って遊ぼうよ」

「うん、ごめんね、ドロシーさん? でも今はニーナと大事な話をしているから、もう少し待ってくれるかな」

「はあ? ニーナ? あんな地味な女のどこがいいのよ」


耳に聞こえてくる自分の声。


は?


ジル?

遊ぼうよ?


なんなのよ、その知性の欠片もない喋り方!

しかもニーナが地味な女、ですって?

ふざけないでよ。

あの子はね、磨けばそこそこかわいいのよ!


なのに口が勝手に動いて、公爵に甘える。

体が勝手に動いて、公爵に信頼の証を擦り付ける。


いったいなんなのよ、これ。


三度目になる疑問。

でも多分、答えはもう分かってる。


───中をいじられた。


ニーナが作ってくれた、わたしの体。

そこに刻まれた術式が、上書きされた。

多分、公爵に都合のいいように。


絶望感で眼の前が真っ黒になった。


はは。

魔道具に絶望する、なんて芸当が出来るのかと思ってたけど。

ちゃんと出来るみたい。

……嬉しくないわ。


「ドロシーちゃん。 ドロシーちゃん」


……ニーナの声が聞こえる。

うるさいわね、何度も言わなくてもちゃんと聞こえてるわよ。

………。

聞こえてる。

ちゃんと聞こえてるわよ、ニーナ。

ねえ、だからそんなに泣かないでよ。


「うるさいわよ、ブス! ちょっとジルに気に入られてるからって、調子に乗らないでよね」

「…こら、ドロシーさん」

「ニャアン」


体が、口が。

わたしの意志とは関係なく、勝手に動く。

その度に、ニーナの顔が悲しげに歪んだ。


絶望が、また一段深くなる。


……ねえ、ニーナ。

わたしね、ずーっと考えてた。

あんたのこと『友達だ』、『大事だ』って思うのは、あんたがそういう風に『作った』からなのかな、って。

わたしには心なんてもの、最初からなくて。

全部『そういう風に作られた』だけなのかな、って。


でも、さ。


変態公爵にすり寄っていた体を、意地で反対側に引き戻した。

機嫌よく鳴らしていた喉の動きを止め、必死でニーナと視線をあわせる。

瞬間、激痛が走った。

この痛みを感じないはずの体に。

それでもパチパチと音を鳴らしながら、痛みが駆け巡る。


「ドロシーちゃん、止めて下さい!」


ニーナの顔が、焦ったようにまた歪む。


ああ、多分。

公爵に逆らうの(これ)、まずいやつなのね。


中の術式だけが停止でもするのか。

それとも体そのものが壊れるのか。

詳しくはわからないけど。

あのニーナの表情を見る限り、良くないことだけは分かる。


うん、分かるわよ。

何年あんたと一緒にいたと思ってんのよ。


チカチカと視界が明暗を繰り返した。


ねえ、ニーナ。

例え、さ。

わたしの心が作られたものだとしても、さ。

それでもわたし、楽しかったよ。

あんたがバカやって。

あんたを心配するパパさんの髪が、年々少なくなっていって。

変態パンツがそこに加わって。

それからは、どんどんあんたの世界は広がっていった。


本当のこというとね。

あんたがペン吉を追いかけて、外に飛び出していった時。

自分で扉を開けて、太陽の下に駆け出していった時。

ほんの少しだけ、寂しかった。

わたしだけ置いていかれるのが怖かった。


でもそれよりも、ずっとずっと、嬉しかった。


ああ、あんなに泣いてた子が。

わたしがいなきゃ駄目だった子が。

わたしの手を離れて一人で歩き出したんだな、って思った。


ねえ、ニーナ。


あんたは友達が欲しくてわたしを作ったんだよね?

でも、さ。

もう出来たじゃない、友達。


「ドロシーちゃん」

「ドロシーさん」

「おい、ドラ!」


わたしを呼ぶ3つの声。

……おかしい、一つだけおかしな愛称が混じってるわね。


顔を上げれば、ニーナを後ろにかばうようにして立つ、ペン吉の姿が見えた。

けれどそれも一瞬で。

瞬きをする間に、それは長身の人間の男に姿を変えた。


ああ、もう目の機能もおかしくなってるのかしら。

あの変態パンツの中身が、あんなイケメンなわけないわよね。


そう思うのに。

心のどこかが、あそこに立っているのはペン吉なのだと納得していた。


ペン吉のくせに生意気な。


でも。

まあ、ね。


いいんじゃないの。

あんたにならニーナを任せてやってもいいわ。


「……ニ…ナ」


体を縛り付ける強制力、のようなものに必死で抗った。

少しだけ、自由が戻ってくる。

ニーナに向かって一歩足を踏み出した。

顔をグシャグシャにしたニーナが見えた。


「……ニー…ナ……ばか、ね。 ……なに、泣いて…んの、よ…」


泣かないでよ。

わたしは、あんたのあの少しマヌケな笑顔が好きなのよ。

だから。


「……わらっ…てよ…」


わたし、あんたの友達のままでいたい。

あんたを忘れて、他の誰かのとこにはいきたくない。

そう思う心はさ。

わたしだけのもの、だよね。

作られたものじゃない。

わたしだけの心。


だから。


公爵にすり寄るわたしは、わたしが認めない。


「……ニー…ナ……ねぇ…だい…すき…」


青白い何かが、視界いっぱいに広がった。

体を駆け抜ける激痛。

そして。

スルリ、と首に巻かれていた何かが外れる感触がした。


チリン。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。