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34 それでも、置いてはいけません

転移具から放たれるまばゆい光が、ゆっくりと収束していく。


「……外、です」


頬を撫でていく風。

優しく降り注ぐ月光。


あれほど外に出るのが怖かったのに。

今は外に出られたことが、こんなにも嬉しい。


「…ここは、敷地のどの辺り、でしょうか」


敷地から出られるほどの移動は、この転移具では出来ない。


状況を確認するために視線を巡らせる。

すぐ近くに、ピタリと閉じられた門が見えた。


「……あれは、裏門でしょうか」


あの大きさならば、正門ではないはず。

どちらにしても、あそこを通れば敷地の外に出られる。

通行人の誰かに声をかければ、家にも帰れる。


けれど。


「……ドロシーちゃんと、レオの体を探します」


くるりと方向を変え、わたしは走り出した。




「……どうしてこんなに見張りの人が多いのですか」


クレアさんから聞いてはいましたが。

これではなかなか思う方向に進めません。


あそこに。

あの本宅にドロシーちゃんがいるはずなのに。


「……こ、こは」


どこでしょうか。

完全に迷ってしまいました。

いつのまにか、敷地の端まで来てしまったようです。


高い外壁。

建物らしいものは何もなく、代わりに外壁の手前に、大小様々な物が無造作に置かれていた。


「……いえ、あれは置かれている、というよりも……」


捨てられている、という方が正しいのでしょう。

すぐ脇には焼却炉も見える。


「……廃品置き場、でしょうか」


月明かりの下、ギラギラと何かが輝いている。

あれは。

魔鋼?


カタ。


響き渡る、何かがこすれるような音。

ビクッと体が恐怖で跳ね上がった。


廃棄置き場の一角。

打ち捨てられていた何かが、ゆっくりと。

本当にゆっくりと。

起き上がった。


カタ。

カタカタ。


不気味な音を立て。

体を不自然に左右に揺らしながら。

それでも何かがこちらに近づいてくる。


ファサァ。

ファサァ、と。

体が傾く度に揺れる金の髪。


あれは。

月明かりで輝くあの金髪は。

カエサル、さん?


【…お前のせいで…】


ずっとそう呟いてわたしを睨んでいた、あの不格好な魔道具の姿が思い浮かぶ。


ゾッとした。


徐々に近づいてくる音。

逆光で見えないその顔が、更に恐怖心を増長する。


ガシャン。


一歩を踏み出したカエサルさんが。

突然バランスを崩して倒れた。


「……どうして、ですか」


一目みて分かった。

カエサルさんが入っている、あの魔道具は関節部の接続がおかしい。

魔力回路も上手く回っていない。


なのに、クレアさんは違った。

その二つの問題が綺麗に解消されて。

更に軽くて丈夫なミスリル鋼が採用されていた。


あれほどの魔道具が作れているのに、なぜわざわざあんな……。


【カエサルには、相応の処罰を与えておいたから。 どうか許してほしい】


ドクっと、自分の心臓が嫌な音を立てた気がした。


まさか。


「……わざと、ですか?」


数段優れた魔道具があったのに、わざとこんな動きにくい体を与えた。

それも無理矢理に。


「……ジルさんは、なんということを…」


込み上がってきた感情が何なのか分からない。

怒り、というほど単純でもなくて。

侮蔑、と言うほど浅いものじゃない。


もっと強くて、もっと強烈な何か。

それがわたしの心を満たしていく。


カタカタ。


カエサルさんがもがくように起き上がる。

そして。

何の前触れもなく不自然な姿勢で静止して。


ガシャン。


倒れた。

必死で起き上がって、また止まって。

倒れる。

何度も何度も。

その様子が、すごく。

すごく、苦しんでいるように見えた。


「……助けます。 待っていて下さい。 まだきっと体がどこかに……」


そこでわたしの言葉は途切れた。


「…お前のせいで…お前が…お前のせいだ」


ぶつかってくる、背筋が凍えるほど強烈な怨念。


思わず左足が後ろに下がった。


瞬間。


カ、タ。

カ……タ…


不規則に揺れていたカエサルさんの体が、またピタリと止まった。


けれど、今までと何かが違う。


ガチャン。


響く、硬い音。

背中を覆っていた魔鋼が、パカリと左右に割れた。


「…え…?」


ガチャン。

ガチャン、ガチャン。


次々と内部の留め具が外れていく音がする。

そして。

背中の一部が膨れ上がり。

何かがゆらりと立ち上がる。


一本。

二本。


「……腕?」


三本。

四本。


月明かりを受けて、背中から這い出てきた四本の腕が鈍く光る。


あの小さな体に、あの長さの腕

それも背中から。

あれでは支えきれずに。


ガシャン。

音を立ててカエサルさんが後ろ向きに倒れた。


「バランスが悪すぎます。 あれでは立つことも……」


できない。


そう続く言葉が途中で切れる。


ガシャン、ガシャン。


背中から出た腕が、ザクッと地面を突き刺した。


さっきまで立ち上がることも出来なかった体が。

四本の腕に支えられて、大きく持ち上がる。

その姿は、大きな蜘蛛のようだった。


カタカタカター。


ザクザクと四本の腕で地面を突き刺しながら。

カエサルさんが向かってくる。


「…ま、待って下さい、カエサルさん! お願いです、話を聞いて下さい!」

「…お前のせいで…お前のせいだ…お前なんて…消えてしまえ!」


ファサファサと揺れる金の髪。

その下の、仄暗い光を湛える二つの目。


 「ひっ」


もしも殺気というものがあるなら、きっとこれだと思う。

心底恐ろしいと思った。


「…カ、カエサルさん、話を聞いて下さい!」


振り下ろされる鋭い刃物のような腕を、身をかがめて必死で避ける。


なんとか避けられた。

でも次は?


今度は横から薙ぎ払うように腕が飛んでくる。


後ろに避けないと。

そう思うのに、体が動かない。


ヒュッと風を切る音はもうすぐそこ。

避けられない。


そう思った時。


ガキン。


高く響く音と同時に、火花が散って。

迫っていた刃物のような腕が、大きく弾かれる。


そして。


ガンッ。


次の瞬間には、カエサルさんの体そのものが吹き飛んでいた。


「……おい、こら。 ボッチのくせに、随分とおかしなやつに好かれてんじゃねぇか」


月明かりで輝く美しい金髪。

見上げるほどの長身。

わたしの前に広がる、広い背中。


ちらりとその人が顔をこちらに向けた。

じっとこちらを見つめてくる青い瞳。

知らない。

見覚えなんてない。

でも。


「…レ、オ」


無意識にそう呟いた。


瞬間。


黒い腕がわたしの顔の両脇を通り過ぎていった。











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