30 もし、運命の出会いがあるのなら
もし、『運命の出会い』というものが本当に存在して。
その相手が、『お互いに相手のことを、誰よりも理解し合える』、という事実を意味するなら。
わたしの『運命の出会い』『運命の相手』は、間違いなくニーナ=グローリアだと思う。
人と感性が少しだけ違う。
わたし──ジュリアン=ジル=ローデンが最初に違和感を感じたのは、六歳になったばかりの頃。
産まれたばかりの妹を見た時、だろうか。
穏やかに微笑む父。
嬉しそうに腕に赤ん坊を抱く母。
そして。
赤い頬をした小さな妹。
なぜだか、なんて分からない。
ただ自分だけが、その輪から外れているような気がした。
「あなたの妹よ」「大事にしてあげてね」
産後の肥立ちが悪く、青い顔をした母にそう言われた。
「はい、勿論です、母上」
そう答えながらも、意味がまるで分からなかった。
なぜ妹だというだけで、大事にしなければいけないのか。
大事にするだけの価値が、果たしてこの赤子にあるのか。
けれどそれを口にすることは良くないのだと、今までの経験がそう告げていた。
母には、この世に産み落としてもらった恩もある。
だから口を噤み、穏やかに微笑んで。
わたしはその言葉を聞き流した。
母はその数日後に、体調が悪化し儚くなった。
泣き崩れる父の前で、面倒なことになったなと、ため息を付く。
表向きは、母の言いつけ通り、妹──ユリアナを大事に扱いながら。
日にちばかりが過ぎていく。
なぜ妹は、わたしの言うことを理解できないのか。
なぜ泣くのか。
なぜ怒るのか。
嫌ならしなければい。
やりたいならやればいい。
それだけのことなのに。
なぜ感情を爆発させるように、行動を起こすのか。
まるで理解できない。
月日は嫌でも過ぎていく。
ユリアナが10歳になった年、わたしは次期公爵として社交界にデビューした。
そして。
気がついた。
おかしいのはユリアナじゃない。
自分以外の全てだ、と。
同じものを見ても、受け取り方がまるで違う。
感動するところ。
興味を持つ場所。
その動機。
自分という存在そのものが、人と少しだけ違う。
そう気がついた。
気がついて。
そして心の底から哀れになった。
父は。
亡くなった母は。
妹は。
そして自分以外の人間は。
思考の階梯の、なんと浅いことか。
彼らが見ている世界はこんなにも狭く、そして汚い。
わたしと同じように物事を広く捉え、考えられる人間はいないのだと。
酷く悲しみ、絶望したのを覚えている。
22歳になった頃。
ユリアナの体調に変化が起きた。
起床時の手のこわばり、関節の痛み、急激な体重減少。
母の言いつけ通り、彼女を大事に扱っていたわたしは、すぐに医師を手配した。
けれど原因はすぐにはわからず。
医師の指示のもと、対処療法を続けていたが。
数ヶ月もしないうちに、ユリアナはベッドから起き上がれないほど衰弱した。
そして。
その頃になると、ユリアナが患った病もはっきりしてくる。
木魂病。
徐々に体が樹木化する病気で、世界でも発症例は極めて少ない。
そもそもこの病気は、神による罰が発症原因、とされており。
自分、もしくは身内が発病した場合、徹底的に秘匿されることが多い。
故に、報告例が少なく、薬も対処法も確立していない。
つまり。
16歳のユリアナが発病したのは、治る見込みのなく。
この公爵家の名誉を著しく損なう恐れのある、そんな病。
もうそんな体力はないはずなのに。
それでも大泣きして、暴れまわる妹に、嫌気がさした。
一体どこまでわたしの手を煩わせるのか。
枯れ枝のように細くなった手足。
年輪のような歪な斑紋が浮かんだ皮膚。
流す涙は液体ですらなく。
樹脂のような透明な玉は、いくつも床に転がってはわたしを煩わせた。
どれをとっても非常に醜悪だった。
この病気は、人としての生命が終わると同時に美しい紫色の花を咲かせる。
樹木としての生命の始まり、ということなのだろう。
ユリアナのねじれた腕には既に小さな蕾が沢山付いている。
おそらくそう遠くないうちに、完全に咲くだろう。
いっそひと思いに、楽にしてあげたほうがいいのだろう。
わたしは母の言いつけを守らなければいけない。
その日、わたしは前から予定の入っていた茶会に渋々出席した。
この茶会が終わったら、ユリアナを『大事にしてやろう』。
そう心に決めた。
父の代理で出席した茶会は、低俗な子供の集まりだった。
泣く、喚く、笑う。
うるさいったらない。
義理は果たしたので、早々に立ち去ろう。
そう思った時。
ふと一人の少女の様子が気になった。
正確に言えば。
彼女の側に寄り添うように立っている、小さな生き物に興味を惹かれた。
あれは。
猫?
いや、違う。
パッと見、猫のように見えるが。
関節部分に少しだけ青く光るパーツが見える。
つまり、あれは……魔道具?
それに…自分で動いている?
……魔道具に魂が宿っている、のか?
魔道具はこの世界にはありふれた存在だ。
変わった形のものや、言いつけどおりに働き続けるものもある。
その中でも、『あれ』は明らかに異質だった。
魂というものに、強い興味を抱いていたわたしは、強烈な刺激を受けた。
「………どうしてそんなに泣いているんだい?」
暫く様子を見ていると、周りのうるさい子供がいなくなった。
非常に都合がいい。
いつものように穏やかに微笑んで声をかける。
ユリアナと同じか、少し年下くらいだろうか。
ボロボロと涙をこぼしていたその少女は、わたしをみて少しだけ驚いたような表情を見せたが。
優しく話を促すと、徐々に事情を話しだした。
なるほど。
この猫型魔道具は彼女が作ったのか。
凄まじい才能だな。
話しをするごとに、彼女の目が楽しそうにキラキラと輝いてくる。
ニーナ=グローリア。
彼女はわたしとひどく似ている。
興味を持つところ。
その動機。
のめり方まで。
もしかしたら彼女は、自分と同じ世界の高みを目指せる存在なのではないか?
俄然興味が湧いた。
そして。
「フィオレナはとても優秀な素材になります。 茎も、花びらも、蜜も。 あんな素晴らしいものはありません」
────あの出会いが、そしてあの言葉が世界を変えた。
わたしは、あの時ニーナに出会えたこと心から感謝してる。
もしあの時彼女に出会えなければ。
わたしは、恐ろしい過ちを犯してしまうところだった。
ユリアナに与えられた、真の使命にも気づかず。
母の言葉に背いて、妹を苦しませてしまうところだった。
木魂病が、神の罰だなんてとんでもない。
妹は神によって選ばれた存在だった。
なぜなら彼女の生気を吸って育った枝。
葉。
そして死後に彼女が咲かす花。
樹木として完成した、フィオレナこそが。
最高の素材になりえるのだから。
さわさわと、わたしの眼の前では美しい花を咲かせたユリアナが立っている。
「ふふ、今日も会いに来たよ、ユリアナ。 美しい花をちゃんと咲かせて偉いね」
お前をニーナに紹介したら、どれほど喜んでくれるだろうね。
きっとわたし以上に、お前のことを褒めてくれるよ。
ふふ、楽しみだね。
だからもう少しだけ待っていてね。
わたしの可愛いユリアナ。




