↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/46

3 伯爵令嬢の正しい脅し方

ふよふよとあてもなく宙をさまよう。

この異常事態は一体どういうことなのか?

名前以外何も思い出せない。

自分がどこの誰で、どうやって育ってきたのか。

自分という人間の根源がわからない。

そして更に悪いことに、俺は肉体から追い出され、魂だけになっているらしかった。


酷く不安定で、頼りない存在。

そんな現状に怒りすら覚えた。

なんでだよ。

一体何が起これば、こんな珍妙な状況に陥れるんだ。

これじゃあ聞き込みすることも、誰かに協力を仰ぐことも出来ない。


なのにそれでも、心の深い部分が絶えず訴えてくる。

早くしろ。

じゃないと、大変なことになるぞ、と。


くそ、と心のなかで悪態をついた、その時。

おかしな女の部屋に紛れ込んでしまったのに気がついた。

……一応言っておくが、わざとじゃない。

考え事をしていたら、迷い込んでしまっただけだ。


女は何やら「求婚」やら「公爵閣下」やらぶつぶつと呟いた挙句。

いきなり大声で叫んだ。

『結婚するくらいなら死んだほうがマシです!』と。

瞬間、女の魂が揺らいだ。

よく観察していないとわからないほどの、ほんの小さな動き。

けれどそれで十分だった。

言葉には力がある。

死んだほうがマシという言葉で揺れた魂。

その隙間に入り込むのは、至極簡単だった。

もしかしたら俺は、そういう仕事についていたのかもしれない。

そう思えるほど、俺はすんなりと女の体を乗っ取ることに成功した。


────と、ここまでは良かったんだが。


『あ、これ三日寝てないときのヤバいヤツ……』


脳内で響くボッチの声。

ぐらりと傾く体。


うおい、マジかよ、ボッチ! いきなり意識飛ばすな!


懸命に叩き起こした(イメージ)にも関わらず、ボッチの意識は深い闇の中に落ちていった。

めっちゃ深い。

これは多分、何やっても起きないやつだ。

 

そうしてまた体の主導権が、自動的に俺に切り替わってしまったんだが。


眼の前には鼻息荒くニーナ(俺)を見てくる、つるりときれいなハゲ頭の男。

あの値踏みしているみてぇな視線が、マジうっとうしい。

あそこに立ってるニーナの親父さんっぽい人が、さっき言ってたな。

公爵家の使者様、とかなんとか?

ああ、つまりその公爵様ってのがぼっちに求婚したやつか?


……なんだこれ、正直面倒ごとの予感しかしねぇ。

俺も一緒に気を失っときゃよかった。

今からでも、部屋に押し入られたショックで気を失う、っつーのはあり、か?

……うん、ありだな。

ありのはずだ。

じゃ、とりあえず「めまいがぁ」とか言い訳しつつ倒れ込んで。


そう思った時。


「うっ。 何だこの汚い部屋は! ここは狂人の住処か? 伯爵、中のものを全て捨てろ!」


ハゲ親父が、脂ぎった顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。


捨てる?


その言葉に、心の深い部分がビクリと動く。

これは多分、俺の心が反応したんじゃねぇ。

ボッチの心が震えたんだ。

意識が深い底に沈んでて尚、それでも捨てられるという事実に反応してみせた。


そんだけ大事ってことか…。


ぐるりと部屋の中を見渡してみる。

確かに汚い部屋だ。

それは間違いない。

けれど。

壁に備え付けられた棚にびっしりと並べられた道具(ありゃ、魔道具か?)。

部屋の中に散乱している本やメモ書き。

そして細かいネジやパーツ。


確かにひどい有様だが。

情熱は伝わってくる。

本人が言っていた通り、ここはあいつにとってみれば聖域なのだろう。


それを。


バキッ。

乾いた音を立てて、あのハゲ親父は踏み潰した。


「あ?」


俺の中でブツッと何かが切れる音がした。


「『何だお前? 土足で人の部屋に入ってきてんじゃねぇよ』」


低い声で凄んでは見たが、女の高い声じゃ迫力が足りねぇ。

それでも一応効果はあったようで。

ハゲ親父と、ニーナ父が驚いたように顔をこちらに向けた。


あ、やべ。

これじゃあただのガラの悪い女だ。

引きこもり、ボッチの上に、悪女の設定まで付属しちまう。

俺は今、ニーナの代わりだ。

伯爵令嬢として。

あくまで上品に、淑女としてたおやかに微笑んで、その上で。

俺はゆっくりと口角をあげた。


美味しくお料理いたしましょう?


両手を体の中心で揃え、そっと背筋を伸ばす。

左右の口角を、美しく見える最高の角度に引き上げ、静かに微笑んでみせた。


ハゲ親父が、一瞬ギョッとしたように俺を見たが。

すぐにまた見下したように目を細め、フンと鼻を鳴らした。


「お前、だと? なんだその口の利き方は? 伯爵、この娘の教育は一体どうなっている? 恐れ多くも我が主である公爵閣下が、嫁にしてやってもいいと言っておられるのだぞ? こんなゴミダメにいるような、地味で冴えない娘を、だ! 感謝して咽び泣くところだろうが! それを、言うに事書いてお前、だと? 公爵様から正式な使者として任命されたこのわたしを?」


ったく、キーキーとうるさい親父だな。

そんなんだから、頭の毛が抜け落ちるんだ。

そう思いながらも。

俺は、スカートの裾をつまみ、優雅に頭を下げた。


どうだ、この完っ璧な角度!

流れるような動き!

文句のつけようもねぇだろうが!


「『大変失礼をいたしました。 お父様のお知り合いの方でしたか。 あまりに不躾で無作法な行いに、野盗にでも入られたのかと勘違いしてしまいましたわ』」


ホホホ、と口に手を当ててわざとらしく笑ってやる。


「野盗だと? ふざけるな! わたしはフィ……」


「『それで、お父様? そちらの方はどなたですの? 当主が止めるのも聞かず、許可なく淑女の私室に侵入。 他人が大切にしているものを詰り、踏み潰す。 そんな下品で教養のない真似をなさるお方は、一体どこのどなたでしょう?』」

「ば……!」


多分バカにするな、って怒鳴りたいんだろうが。

出来ねぇよな?

女だ、引きこもりだ、と散々舐め腐ってたようだが。

このことが公になれば、咎められるべきはあんただからな。

穏便に済ませたいはずだもんなぁ?


「『公爵家程の名門。 その使者様が、まさかこんな、野盗まがいの野蛮な振る舞いをおやりになるはずがございませんもの。 …ね、お父様?』」

「……は? お父様? ってわたしのこと? ニーナ? お前どうしたんだ…」


いや、ニーナの親父さん、顔色悪すぎだろ。

なんか気の毒になってきたな。

だけど悪ぃな。 ここで手は抜けねぇんだよ。


「『それでもまだ公爵家からの使いだと仰るのなら。 ……そうだわ、公爵閣下に直接審議を確かめないといけませんわね? もしかしたら公爵家のお名前を語る、詐欺師かもしれませんもの?』」

「ぐっ……貴様、女のくせに生意気な……」

「『あら? どうなされたの? お顔が真っ赤ですわよ? ふふ、血行が良くなって、もしかしたら頭皮にもいい効能があるかもしれませんわよ? この……』」


『ハ・ゲ』と声を出さずに口だけ動かしてやる。

カッとさらに赤く染まる使者の顔。


「きっさまぁ……覚えていろよ! この無礼は公爵閣下に報告するからな!」


捨て台詞を残して、ハゲ親父はドタドタと足音荒く走り去っていった。

青い顔でそれを追いかけるニーナの親父。

 

「『ふぅ…』」


静かになった部屋の中で、俺は一つ息を吐き出した。


めっちゃ疲れた。

お嬢様言葉、キモ。


『……本当に気持ち悪いですね』


自分へのツッコミに、脳の中で答える声がする。


「『……何だよ、起きてたのか。 ……いつからだよ』」


静かだから全く気付かなかった。

あれだけ深い眠りに入り込んでたのに、よく起きれたもんだな。


『……聖域の中にある作品……特にドロシーちゃんだけでも、壊されないようにと思いまして…』


ちらっと視線を向ければ、ドロシーちゃんと呼ばれていた猫は、ベッドの上で丸くなっている。

こうしてみると普通の猫にしか見えねぇな。

いやでも、確かにさっきなんか普通に喋ってたな。

作品ってことは、あの猫はボッチが作ったのか?

すげぇな。


で、その作品を壊されないように、あの状態から意地で意識を取り戻したってことか。

職人魂とでもいうのか?

その根性に、少しだけ称賛を送りたい気になった。


けどそれより先に。


『……助かりました。 ありがとう、です…』


思いもよらない言葉が来た。

いやまさか、体乗っ取られて、好き勝手やられて、あげく礼を言われるとは思っても見なかった。

なんというか。

このニーナって女は世間知らずというか、お人好しというか。

あ、世間知らずは間違いないな。

ボッチだし、重度の引きこもりだしな。


「『礼なら、今度うまいもんでも……』」


言いかけた言葉が途切れる。

急激に襲ってくる激しい目眩と、疲労感。

三日寝ていない(らしい)ボッチの体が、もう限界だと悲鳴を上げている。


『ああ、安心したら、また意識が…』


ボッチに引っ張られるように、俺の意識もなんだか怪しくなってきた。


「『いや、まて、俺は絶対にこんな、何が落ちてるかわからねぇ床では寝ねぇぞ! ベッドに』」


せめて、ベッドに。

呪文のようにそう呟きながら、必死でベッドまで歩く。

なんせ足の踏み場もないほど散らかってるし。

多分貴重なんだろう部品を破損しないように、と大変だったが。

なんとかベッドまでたどり着き、寝転がる。


『ナイス、ベッドイン。 悪霊のくせにいい仕事しますね…』


だから悪霊じゃねぇっていってんだろ。


脳内でそうツッコミを入れたのを最後に。

俺の意識は、深い闇の中に落ちていった。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。