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2 お願いです、体、返して下さい

ど、ど、ど、どなたですか?

どうしてここに?

というか、わたしの体返して下さい!


喋ったはずなのに、言葉は一つとしてわたしの耳には届かない。

代わりに。


「『あ? やだし。 体いらねぇて言ったよな?』」


いらないとは言っていません!

ちょっとやめて下さい!

勝手に動かないで下さい!

そこ!

大事な部品が置いてありますので、絶対踏まないで下さい!

もし一つでも破損させたら末代まで呪いますよ!


「『あ〜? くそ、だったら片付けろよ。 どんだけ散らかしてんだよ』」


勝手に動き出していたわたしの体が、ピタリと動きを止める。

まさか本当に止まってくれるとは思わなかったので、ほっと安堵の息が漏れた。


「『しっかし、きったねぇなぁ。 足の踏み場もねぇじゃねぇか』」


ありますよ、失礼な!

わたしなりに、これでちゃんと整頓してるんです!

必要なものの場所だってちゃんと把握しています!


「『でた、それ。 片付けが出来ないやつって、みぃんなそう言うんだよな』」


ヒャヒャヒャと、わたしの口が笑う。

違う、笑ってるのはわたしじゃない。


わたしじゃないのに。


手も、足も、勝手に動いてる。

これはやはりどう考えても。


悪霊に乗っ取られた!?


間違いない。

以前読んだ本によると、除霊の祝詞は確か。


そこで。


お気に入りのベッドの上で丸くなっていたドロシーちゃんと、目があった気がした。


「……やば、ついにニーナがぶっ壊れた…」


違うのです、ドロシーちゃん!

そんなヤバイやつを見る目で見ないで下さい!

悪霊が!

悪霊がわたしの口や体を、勝手に動かしているのです!

助けて下さい!


「『うっさいぞ、頭の中でキーキー喚くんじゃねぇ!』」


ひっ!


未だかつて聞いたことのない、自分の怒鳴り声に言葉が詰まってしまう。


けれど。

異常な事態に心がおかしくなったのか、ふつふつと怒りが湧いてきた。


勝手に人の体に入ってきて、ひどい言いようではないですか?

確かに言ってはいけない言葉でした。

反省しています。

でも、だからといって勝手に人の体に入ってはいけないと思います。


「『……わかった、わかったから。 ちょっと静かにしてくれ。 ドウゾ、オネガイシマス』」


……わかりました。 少しだけ、ですよ?


と、言いながら。

なんだか心が少しだけ高揚しているのを自覚する。


「『それで、あんたは一体どこの誰だ?』」


……えっと。

それはむしろわたしのセリフなのですが。


「『いや、そりゃまあそうだよな⋯⋯ああ、もう! これじゃあ話が進まねぇ。 とりあえず、俺がお前に求めることは一つだ! 俺の体を探してくれ!』」


「可哀想にニーナ。まだ若いのに、頭があ(・)れ(・)になったのね。 ……骨はわたしが拾ってあげる」


……体、ですか?

……大変ご愁傷様だとは思いますが。

おそらくお体はもう、土の中か…あ、お国によっては火葬されて灰になっておられるかと。

……それから、ドロシーちゃん、わたしはまだ死んでません。 勝手に殺さないで下さい。


「『いや、俺死んでねぇし! 生きてる、絶対だ! 誰もが見惚れる大胸筋と、エロかっこいい腸腰筋があったはずだ! だが、さっきから考えてんのに、名前以外思い出せねぇ』」


あ、ちなみに俺の名前は「レオ」だ、と悪霊はいうけれど。


「名前はレオ、ときたか! これはいよいよヤバいな、ニーナ!」


記憶喪失…ですか。

それはまた随分と都合の良い設定ですね。

一つお聞きしますが。

記憶がないくせに、どうして大胸筋や腸腰筋の仕様までわかるのですか?

……後、ドロシーちゃんは、少し黙って下さい。


「『わかるに決まってんだろ! 男がそこを鍛えないでどうすんだ! 絶対鍛えてる!』」


なるほど、つまり願望ですね。

悪霊は、皆さんそうやって相手を油断させてから取り憑くのですか?


「『だから悪霊じゃねぇって言ってんだろ! 俺の体は、俺が帰ってくるのを首を長くしてどこかで待ってるはずなんだ!』」


………首、ですか。

その首、今もつながっているといいですね。


「『……怖いから、やめろ! あんたちょいちょい毒吐くな!』」


毒を吐く?

そんな事初めて言われました。

いえ、それよりも。

こんなに誰かと話をするのは、随分久しぶりです。

人に面と向かって、はまだとてもできそうにないけど。

これだったらわたしでも頑張れそうな気がする。

なにより、ちょっとだけ楽し……。


「『…何だ、お前ボッチか!』」


「ボッチ! それは間違いない!」


ヒャヒャヒャ、と響く声に、ドロシーちゃんの笑い声が重なる。


なんですか、二人して失礼な。

勝手に人の心読むの、やめてくれますか!


「『しょうがねぇだろ、お前の考えは全部俺にも聞こえてくるんだから。 だから黙れって、うっせぇから』」


簡単そうにそう言いますけど、無理です。


「『なあ、おいボッチ。 話が進まねぇから、とりあえず俺の話を聞け』」


……ニーナです。

わたしの名前は、ボッチでも、お前でもなくて、ニーナ=グローリア。


「『…ああ、グローリア伯爵の娘だな。 了解。 で、ボッチ、俺の体を探してくれ。 なんか早くしないと、ヤバいことが起こる気がするんだ』」


…………お体探し、ですか?

何の情報もないのに?

この広い国を?

それに申し訳ありませんが、わたしはこの聖域から出ることが出来ない体でして。


「『……聖域って、この汚部屋がか? 何だよお前、ボッチな上に、重度の引きこもりか?』」


……お体、取り戻せないようで大変残念です。

心からお悔やみ申し上げます。


「『待て待て、嘘だ嘘! 冗談だよ。 あ〜、この部屋はほんとに居心地がいいなぁ』」


ですよね、わたしもそう思います。


「『…あ、そうか。 なにも許可取る必要なんてねぇじゃねぇか。 このまま体探しに……」


ええ?

ま、ま、ま、待って下さい、そのままあなたが! 

その話し方で!

部屋の外に出るおつもりですか!?

そんなことしたら、父にどれだけ心配をかけることか!


「『……ほう? このまま俺に外に出られたら、困る、と? へぇ? ふぅん、そう。 じゃあそういう時は、なんていうんだっけ?」


………お体探しを可能な限りお手伝いしますので。

どうか体を返して下さい、オネガイシマス。


「『…なんだよ、そんなに父ちゃんが大事なのか? しゃーねぇーな。 じゃあ返してやるが⋯約束忘れんなよ』」


交渉成立。

やっとこの異常事態から解放される。


そう思った瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。


あ、これ三日寝てない時のヤバいやつ。


せっかく主導権を取り戻した体が、膝から崩れ落ちていく。


『うおい、まじかよ、ボッチ! いきなり意識飛ばすな!』


頭の中で、若い男の声が焦ったように響く。


うるさい、少し静かにしてほしい。


わたしの意識は暗い闇の中に落ちて───。


「待って下さい、使者様! む、娘は体調が悪く休養中でして───」


バタバタと廊下を走ってくる足音と。

珍しく慌てた様子の父の声。


「黙れ、伯爵風情が! このわたしは公爵閣下からの正式な使いであるぞ! さっさと娘を出せ!」


ドン、と乱暴に扉が開かれる音。


「うっ。 何だこの汚い部屋は! ここは狂人の住処か? 伯爵、中のものを全て捨てろ!」


ああ、わたしの聖域が踏み荒らされる……。


遠のく意識の端っこで、わたしの口が低く冷ややかな声を呟いた。


「『あ? 何だお前。 土足で人の部屋に入ってきてんじゃねぇよ』」


そんな不穏な声を聞いたのを最後に。

わたしの意識は完全に途切れた。










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