1 死んだほうがマシです、とは言いましたけど
新連載です、よろしくお願いします。
世の中には、口にしてしまうと災いを呼ぶ言葉が存在するらしい。
「結婚するくらいなら、死んだほうがマシです!」
ほんの数十分前に、わたしの口からでたあの魂の叫び。
でもあれは決して口にしてはいけない言葉でした。
父。
そして今は亡き母。
すみませんでした。
反省しています。
でも、だからといって。
「『あ、マジで? ラッキー』」
まさか、こんなたちの悪い悪霊がやってくるなんて思いもしなかった。
「『じゃあ、この体、ちょっくら借りるわ』」
神様、お願いします。
お小遣い全て、献金しにいきます。
⋯⋯父が。
だから、どうか。
「『しっかし汚ねぇなぁ。 足の踏み場もねぇじゃねぇか』」
どうかわたしの自室に、無断で侵入してきたこの悪霊を。
わたしの体を乗っ取ったこの悪霊を、追い出して下さい!
事の発端は、ほんの数十分前まで遡る。
「あんた、いい加減に寝ないとぶっ倒れるわよ?」
机の端で毛づくろいをしつつも、そんな言葉をかけてくれる猫型魔道具、ドロシーちゃんの言葉を綺麗さっぱりと聞き流す。
今日で三徹目。
心優しいドロシーちゃんが、わたしを気遣って止めてくれるのは大変にありがたい。
正直に言えば、頭は朦朧とするし、ずっと酷使し続けてきた目も痛くてしょうがない。
けれど、もう少し。
本当にもう少しで、試行錯誤を繰り返したこの魔道具が完成しそうなのだ。
この子を残して、安眠など出来るわけがない。
「へぇ? あんたわたしの言う事、無視するわけ? 随分と偉くなったものじゃない?」
苛立ったようにドロシーちゃんがわたしの机で爪を研ぎ始める。
ああ、そこには細かい部品が沢山!
「ド、ドロシーちゃん。 や、止めて下さい。 本当に、本当にもう少しだけですので」
言いながら、必死で手を動かしていく。
魔力装置。
魔石の配置。
そしてそれらをつなぐ動力。
「一般的には、こっちに配線させますが。 この場合だと、こっちを使ったほうが…」
カチリ、と小気味いい音がする。
ビンゴ。
口元に思わず笑みが漏れる。
一番の問題点はこれで改善したはず。
後は試運転を繰り返して。
そう思った時。
ドアをノックする、遠慮がちな音が聞こえた。
あの叩き方は父だ。
「ニーナ?」
予想通り父の穏やかな声が聞こえたので、「はい」と返事をする
「頼まれていたものは、既に改善し、いつものところに入れてあります。 入りきらないので早々に持っていって下さい」
扉の下方に開けられた小さな引き出し穴。
そこには父に依頼された数点の魔道具が入っている。
「え? もう出来たのか? 期限は半年と言われていたのだが……え、こっちも? ……ニーナお前、ちゃんと睡眠は取っているのか?」
父の鋭い探りに、無言で答える。
嘘は言っていないので、セーフのはずだ。
「取ってないです、パパさまぁ。 バカ娘は、今日で3日寝てないですよぉ。 ついでに言えば、ご飯もほとんど食べてませぇん」
「ちょ、ちょっとドロシーちゃん!」
ニヤニヤしながら告げ口をするドロシーちゃんの、かわいい口を慌てて塞ぐ。
これから、出来上がった新作魔道具の試運転をしようと思っていたのに。
強制的に睡眠を取らされたのではたまらない。
どうか父の耳が、年の影響を受けていますように。
「全くお前は、どうしようもないな。 そんなお前に朗報だ」
やはり聞こえてしまいましたか。
父、まだまだ若いですね。
それにしても、朗報?
なんでしょうか?と、一瞬だけ期待して。
「ニーナ」と。
思いの外真面目な声で名前を呼ばれた。
瞬間、猛烈に嫌な予感がした。
そうしてそういうときのカン、というのは大体当たるものだ。
「お前に婚約の打診があったぞ。 お相手はフィガロ公爵閣下だ」
「ど、ど、ど、どう考えても無理があると思いませんか、ドロシーちゃん?」
特大の爆弾をこれでもかと投下した後。
父は上機嫌で、自室のある方に戻っていった。
そうして部屋に残されたわたしはといえば。
あまりの衝撃的な出来事に、言葉がうまく出てこない。
「そうねぇ。 ニーナを娶ってくれる心の広い変態がいるなんて、驚きよね?」
ドロシーちゃんは、カーテンの隙間から入る小さな光にじゃれつきながらも、わたしに返事をしてくれる。
けれど勿論、顔も視線も一切こちらには向かない。
そんなところが、またなんともかわいいのだけれど。
「そんな変態がいるわけがないじゃないですか!」
「とか言ってぇ。 この前出席した夜会で、一目惚れされてぇ、とかそんなロマンスがあるんじゃないのぉ?」
「あるわけないです! このわたしですよ?」
「…………あ、うん、そだね~。 なんかごめん」
「それに夜会なんて、一度も出席していません!」
「あは、そうだった。 引きこもり、乙ぅ」
ドロシーちゃんは、前足で耳を器用に掻きながら、ケラケラと楽しそうに笑っている。
「ねえ、どうしたらいいと思いますか、ドロシーちゃん?」
「さあ? 知らね」
うう、冷たいです、ドロシーちゃん。
ああ、公爵閣下は一体どんな方でしょう?
結婚後も、この生活を許してくださるでしょうか?
………この生活を?
ふと我に返って、自室の中を眺めてみる。
足の踏み場もないほど散らかった部屋。
締め切られたカーテン。
そして、世間一般とは明らかに違う生活を送るわたし。
あ、これ無理なやつ。
一縷の希望も見いだせない。
絶望に沈みかかった心をなんとか奮い立たす。
いえ!
でも、もしかしたら、ドロシーちゃんの言う通り、公爵さんは、物凄い変態かもしれない!
変態同士、わたしのことをご理解くれる、なんてことは。
浮き上がりかけた心は、すぐに現実にぶつかった。
……だめです。
例え公爵様が変態だったとしても、夫人として茶会やら社交やらは最低限こなさないといけない。
ギラギラとうるさく輝く太陽の下で。
名前もほとんど知らない人間と、お茶?
楽しくもないのに、笑う?
そんなこと。
「無理です、絶対無理です!」
「ニーナ、うるさい。 わたしは耳が良いんだから」
めんどくさそうに、ドロシーちゃんが呟く。
もし結婚などしてしまったら。
この快適な生活ともおさらば。
ドロシーちゃんとも引き離されてしまうかもしれない。
そんな。
心が深い絶望に染まっていく。
希望が一つも持てない結婚なんて…。
「結婚なんてするくらいなら、死んだほうがマシです!!」
心の濁っている思いを吐き出すように思い切り叫んだ。
瞬間。
『あ、マジで? ラッキー』
ゾクリと背中を走り抜ける強烈な悪寒。
ドロシーちゃんの声じゃない。
すぐ耳元で聞こえたのは、笑いを含んだ若い男性の声。
そして。
『死ぬってことはいらないんだよな、その体?』
……え?
いえ、嘘です、いります、いります!
今のは言葉の綾といいますか、調子に乗っちゃったといいますか。
物凄く危険な予感がして。
必死で弁明をしたのに。
すいっと何かが体に触れた感触がした。
結果。
勝手に口角が持ち上がる。
右手が、何かを確かめるように左胸に触れる。
そして。
「『じゃあ、この体ちょっくら借りるわ』」
口が勝手にそう告げた。
読んでくださり、ありがとうございました。




