28 赤パンツを笑う声
「ぎゃははははは! なんっだお前、その格好は!」
明け方近くになって、夢を見た。
このペン吉ボディじゃあ、夢どころか眠ることも出来やしないから。
きっと気の所為なんだろうけど。
「赤パンに黒マントって、お前! 変態もいいところだな!」
アイラがペン吉を見て、腹を抱えて笑っていて。
………うっせぇよ、アイラめ。 俺だって好きでこんな格好してんじゃねぇ。
「あ〜笑った笑った。しかしこのセンス。 そしてこのズレ具合。 やっぱ姉弟は好みが似るのかね…ああ、やだやだ」
………あ?
「……で? これを作ったのが、お前に『なあ。 紹介したい人がいるんだ。 キリッ』などという恥ずかしいセリフを言わした娘さんか?」
キリッとなんてしてねぇだろ!
「ほほう? 何かな、その顔は? なるほどなるほどぉ? 孤独な王子様に恋を教えてくれたのは、センスが破綻しているお嬢さん、というわけだな?」
………うっせぇ。
「ぎゃはは。 やめろその顔、気持ち悪いぞ!」
…………。
「でも……うん、安心した。……さあ、もう戻れ」
アイラが、ニッと笑う。
「その娘、大事にしろよ、バカレオめ」
とん、と。
背中を押された気がした。
夢はそこで終わった。
ゆっくり目を開ける。
視界がやたらとぼやけた。
ペン吉ボディの不具合か?
まずいな、ニーナはいないってのに。
そう思った時。
右のこめかみを、温かいものが流れ落ちていった。
反対側からも。
「…俺…泣い、てる…?」
無意識に、右手で頬を拭う。
そこで、俺の体は動きを止めた。
視界にうつる、肌色。
骨ばった長い指。
返してみれば、剣だこまみれの硬い掌が見えた。
「………は?」
ゆっくり体を起こしてみた。
今までと比べて、明らかに視点が高い。
長い手足。
はらりと落ちてくる金の髪。
「…お、れの…体?」
無意識に、ちらりと胸元に視線を向けた。
白い寝衣の隙間から、大胸筋が見えた。
少しだけ。
記憶にあるよりも細い。
「……少し、痩せた、か」
それでも、一ヶ月近く寝たきりだったにしては、ありえないほど健康が維持されている。
ずっと探していた体。
やっと戻ってきた。
これで変態からも卒業できる。
嬉しい…はず、なのに。
「……なん…っで…涙が止まんねぇんだよ…っ」
胸にポッカリと穴が開いたみたいだ。
でっかいその穴から、何か大切なものがポロポロとこぼれ落ちていくようだった。
「……レオくん? ああ、起きたんだね。 急に倒れて、2日も目を覚まさなかったから心配したけど。 どうやらちゃんと体に戻れたようだね」
奥にあるキッチンから、ひょっこりとカイルが顔を出した。
「…………っ!」
みっともねぇ。
慌てて涙を拭った。
一番苦しいのは俺じゃない。
彼だ。
そう思ったけど。
「………よかったら……僕の胸を貸そうか?」
さあ、おいで、と。
腕を広げるカイルを見て。
俺の涙はあっというまに引っ込んだ。
なんかこの人…ズレ具合が、ニーナに似てる…。
「……い……」
「いる?」
「…い…りません…」
眼の前に並べられたものを見て、俺はゴクリと唾を飲み込んでいた。
真っ白い皿の上。
中央に盛られた、一分の隙もない完璧な曲線美。
波打つとろとろの卵。
中央には、物凄いイケメンの顔がケチャップで描かれていて。
その両脇にレ、オと書かれている。
つまり簡潔に言えば。
すげぇ、完成度の高い似顔絵が描かれたオムライスが。
今。
俺の前に置かれている。
「どうだろう? 僕としては、右の耳にかかったこの髪の跳ね方がポイントなんだけどね?」
「……あ、はい……すごく、いい…と思います」
こんなバカバカしいことに、全力で取り組んでるとか。
ニーナかよ!
ってか、普通おかゆとか、野菜スープとかじゃねぇの?
俺、一ヶ月寝たきりだったんだけど!
まあ、用意してもらった上に、体世話してもらってて文句なんて言えねぇけど。
「大丈夫、食べても体には支障ないはずだよ。 さあ、どうぞ」
向かいの席に腰掛けたカイルが、ニコニコと笑っている。
支障がない?
なんでだ?
わかんねぇけど。
謎の圧を感じるな。
……ってか食べづれぇな。
なんかやたらリアルに俺の顔、描いてあるし。
そうは思うものの。
こんなにいい笑顔で進められたら食べない、なんて選択肢はない。
「…いただき…ます」
「はい、どうぞ、召し上がれ」
ザクッと、自分の顔の真ん中にスプーンをぶっ刺した。
そして。
口いっぱいにオムライスを頬張る。
結果。
「…うまい…」
めちゃくちゃに美味かった。
今まで食べたオムライスの中で、多分一番。
「……よかった。 ……アイラも特にそれが好きでね。 食べる度に、無意識みたいに、『バカ弟子にも一度食べさせてやりたい』って言ってたから。 ……まあ、本人はきっと気づいてないだろうけどね」
言われた言葉に、また胸が苦しくなった。
そりゃあ、こんなに料理上手とくれば。
3キロ増えるのくらいあっという間だよな。
「……ごちそうさま、でした。 美味かった、です」
両手をあわせて礼を言えば。
カイルは「…うん」と小さく呟いた後、わずかに目を伏せた。
「⋯⋯じゃあ、レオくん⋯」
一度テーブルに落ちた視線が、ゆっくりとこちらに戻ってくる。
「さっそくだけど、少し状況を整理させてもらっても、いいかな?」
声が少しだけ震えたのが分かった。
まだ、ちゃんと悲しい。
酷く傷ついてる。
それでも、前を向こうとしている。
アイラの死を無駄にしないように。
意志を引き継ごうとしている。
それが伝わってくる声だった。
「ああ、勿論⋯⋯いや⋯あの⋯は、い、勿論」
師匠であり、姉でもある人の婚約者だった人。
そんな人にどう接したらいいのかわからない。
そもそも俺、結構人見知りなんだよな。
「敬語なんて必要ないよ。 アイラの弟子なら、僕にも大事な人だ」
どうか気軽に接してくれ、というカイルに曖昧に笑う。
「じゃ、とにかく一番確認しなくちゃいけないことは⋯」
ここでカイルが、一瞬視線をさまよわせて言い淀む。
ごくっと思わず喉が鳴った。
そこで言葉を切るとか、反則だろ。
一体どんなすげぇことを⋯。
カイルの視線が俺に戻ってきた。
じっと数秒、探るように俺を見て。
「君、王子殿下⋯だったりする?」
「あ、はい」
しくった!
立場上、否定しなきゃいけないところだった。
だけど、マスクを外した素顔をこれでもかってくらい見られてるから。
今更「他人です」、はもう通用しないだろ。
なんせ俺とテオは、見た目が瓜二つだ。
「⋯⋯ですよね。 あの⋯王子殿下にごあいさつ申し上げます」
まてまてまて、なんで立場が入れ替わってるんだよ!
さっきまで、俺が敬語で、あんたが上だっただろうがよ!
「いや、いらね⋯いや、あの⋯⋯そういうの⋯いらない⋯です」
「そう? 後で不敬罪とか?」
「しねぇから! ⋯あ⋯」
思わず素が出て、慌てて口を閉じ視線をそらした。
気まずい沈黙が流れる。
あー、やっちまった。
カイルはどう思ってんだ?
ちらりと視線を戻して。
息を呑んだ。
笑っていた。
とても嬉しそうに。
そしてとても穏やかに。
ああ、と妙に腑に落ちた。
カイルはきっと、 俺に気を遣わせないためにわざとあんな事を言ってたんだ。
アイラが惚れたところも、きっとこんなところなんだろうな。
「ふふ。 ほんとアイラと君はよく似てるね。 あ、そうだ。 僕とアイラのなりそめ、聞く?」
「聞かねぇよ!」
わざと⋯⋯だよな?
いや違うか。
こりゃ、ただの天然だな。
なんだか肩の力が抜けた。
「あの日何があったのか。 なぜ俺が助かって、アイラが…。 カイル…さん。 何か知っていることがあったら教えてほしい」




