27 ここから逃げるために
使われた形跡のない工房を見渡した。
棚に綺麗に陳列された素材。
とても希少なものも揃えられている。
でも。
解錠具に必要な感応銀線。
転移具に必要な転移石。
外部と連絡を取るための共鳴石。
どこを探してもそれらが見つからない。
「……外に出るための道具は作らせない、ということですね」
他にもぱっと思いつくものを頭の中で組み立ててみたが、肝心のパーツが一つずつ足らない。
これは偶然とはとても思えなかった。
ジルさんは、意図的にわたしを外には出さないようにしている。
でも。
「……外に出るための道具は必要ありません」
ここにいるのは怖い。
屋敷に帰りたい。
ドロシーちゃんにも会いたい。
それでもここでしか出来ないことがある。
「……魂から離れた体を探す…」
魂と体。
どれだけ離れていても、その間にはごく細い糸のような魔力の流れが残っているはず。
それを追えるようにすれば、体が見つかる?
頭の中で設計図を作っていく。
魔響晶。
霊銀糸。
星導石。
「……星導石がありません…」
星導石の役割は、2つ。
特定の魔力を見つけること。
そしてその位置を特定すること。
それなら。
一つの素材で補う必要はありません。
「…共鳴銀と空晶石をつなげて代用すれば…」
理論上はいける。
カチカチとパズルが組み合わさるように設計図が出来上がっていく。
「……レオ、待っていて下さい。 あなたの首、必ずつなげてみせます」
コンコンコン。
不意に扉がノックされて、顔を上げる。
気がつけば、外が随分と明るくなっている。
壁にかけられた時計は、既に朝の8時を回っていた。
「……ニーナ? 起きているかな? 朝食を一緒にどうだろう?」
ジルさんです。
ドクっと心臓が一段鳴った。
恐怖じゃない。
これは怒り。
「……わかりました」
組み始めた魔道具を机の引き出しに隠して。
わたしは立ち上がった。
「……………」
そしてわたしは、眼の前の光景に唇を噛み締めた。
フルフルと震える女性が…女性の姿をした魔道具が、わたしに必死で許しを乞うている。
「……ごめんなさい、ごめんさい。 わたしが間違っていたんです。 でももう、気がついた時はもどれなくて……」
「……クレアさん?」
「最初は……一つだけだったんです」
震える両手を胸元で握りしめながら、クレアさんは俯いた。
「旦那様に、お嬢様の作った魔道具を一つ持ってきてほしい、と頼まれて……。少し調べたら、すぐに返すから、と」
「…………」
「悪いことだとは分かっていました。でも……旦那様には、とても良くしていただいていましたし……お嬢様の工房には、同じようなものが沢山あったから。一つくらいなら、って……」
白い指が、ぎゅっと握り込まれる。
「そうしたら、とても喜んでくださって。『助かったよ』『君のおかげだ』って……」
一度やってしまえば。
二度目は、最初よりもずっと簡単だったのだろう。
「今度はこれを。次はあれを、と頼まれて……。断らなくちゃと思っていたのに。気がついたら、もう……」
「…………」
「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい。お嬢様が大事に作ったものを、わたし……いくつも……」
そこで言葉が途切れた。
泣いているのだと思う。
白く滑らかな肌には、涙など流れてはいなかったけど。
毛穴も産毛も、僅かな凹凸さえなく、磨き上げられた白磁のようにつるりとした肌。
すっと通った鼻筋。
薄く色づいた形の良い唇。
長い睫毛に縁取られた大きな瞳。
とても美しい。
けれど。
肌の色も、質感も、瞳の輝きも、人のそれでは、ない。
「………お嬢様が、『わたしに会いたいと言っている』と、旦那様に…」
表情の乏しい顔。
作り物の、顔。
この人は。
「……『合わせる顔がない』、と。 『お嬢様の大事なものをいくつも盗んだわたしにはもう合わせる顔がない』と、そう言っただけですのに!」
クレアさんだ。
朝食の場で、ジルさんからそう紹介を受けている。
いつものように、とても穏やかに微笑みながら。
「あなたが会いたがっていたクレアを連れてきたよ」と。
「恥ずかしがり屋の彼女が、ちゃんとあなたに会えるように『良くしてあげた』んだ」と。
そう、言っていた。
わたしは以前のクレアさんの顔を、はっきりとは覚えていない。
だから、どこまで変えられたのかはわからない。
でも。、多分。
そういうことなんだと思う。
グスグスとクレアさんは鼻をすすっている。
実際には、涙も鼻水もでてはいないけれど。
まだ人だった時の感覚に引きずられているんだろう。
「……クレアさん」
呼びかければ、文字通り白い顔がこちらを向いた。
「お願いです、服を脱いで体を全部わたしに見せて下さい!」
「……は?」
体の何処かに、魔術式が刻まれているはずです。
魂が一番定着するのが左胸なので、おそらくそこではないかと思いますが。
服が邪魔で見えません。
ですからお願いです。
「……脱いで下さい!」




