24 朧月の下、囚われて
鉄格子のはまった窓から、朧月が見えた。
少しだけ欠けているその月を、窓際に置かれた椅子に座ってぼんやりと眺める。
ここはどこでしょうか…。
ジルさんがいるということは、フィガロ公爵邸?
窓から見える庭の造りからいって、本宅ではないように思う。
では、別邸?
分からない。
部屋の中を一通り見てみたけれど。
寝室、簡易キッチン、リビング、そしてその奥には使われた形跡のない工房があった。
手に入りにくい素材。
最新の工具。
高火力の魔道炉。
どれも欲しかったものばかり。
あれらを使えば、もっと沢山のものが作れる。
………魔道具を作るのはとても、楽しいです。
寝食を忘れるくらい夢中だった。
部屋で魔道具を作っていれば、それで幸せだった。
それ以上の幸せはないと思ってた。
でも。
今は、心が少しも沸き立たない。
ずっと応援してくれていた父がいない。
大好きなドロシーちゃんがいない。
そして。
……レオがいない。
ズキッと胸が痛んだ。
最初は、なんて非常識な人なんだと思った。
いきなり人の体を乗っ取ってきて。
一言くらい、先に許可を取るべきではないでしょうか?
……そういえば、それらしい言葉はあったようにも思いますが。
あんなのは無効です!
とにかく口が悪くて、騒がしくて。
そして怖い人だと思った。
でも。
いつしかその騒がしさが、心地よくなった。
楽しそうにケラケラ笑っている時、とか。
鏡を見て、とても残念そうにため息をついている時、とか。
それから……そう、わたしの名前を呼んでくれる時、とか。
そんな日常が、とても楽しかった。
世界が鮮やかに色づいていって。
部屋に閉じこもってた時間よりも、ずっとずっと幸せだと思えた。
【お前なんか、大っきらいだ、つってんだよ!】
あの日の言葉が頭の中で蘇って、ずきりと胸が痛んだ。
けれど。
この痛みは、あの時と同じ痛みじゃない。
あの時は、ただ拒絶されたのが辛かった。
ペン吉君が……レオが、何か事情を抱えていると分かっていたのに。
それでも自分の心を優先してしまった。
「……友人失格、ですね……」
きっとレオは、自分の異変に気がついていた。
……一体いつから?
それすらわたしには分からない。
ぼんやりしている。
少し変わっている。
幼い頃から何度もそう言われた。
人と上手に関わることが出来なくて。
傷つけられるのが怖くて、関わり合うことをやめた。
でも。
もしあの時、もう少し頑張れていたなら。
人との関わり方を、きちんと学んでいたなら。
レオの不安や苦しみにも、少しは気づいてあげられたのだろうか。
友人として、彼を手助けすることが出来ただろうか?
今更こんなことを考えたところで、どうしようもない。
分かっているのに、思考はぐるぐると同じところを周り続けた。
…………?
ふわり。
突然、風もないのに、自分の髪が揺れた。
体に違和感が走る。
自分の魔力が自分の意志とは関係なく、動く気配。
これは……防御術式、ですか?
ペン吉君のマントの留め具。
そこに仕込んでおいた術式が、発動した。
発動後は分かるように作ったから間違いない。
「レ、オ…!?」
思わず立ち上がる。
窓に駆け寄って、方向を確かめた。
すぐ近くだった。
つまりすぐ近くにレオがいる?
「……レオ!」
けれど暗闇が広がるばかりで何も見えない。
「……また…」
術式が発動した。
受けた攻撃の強さにもよるが、あの術式では持って3回が限度。
「……すぐ近くにいるのですか?」
【俺の記憶も……もしかしたら本体も、フィガロ公爵が関係してる、んだと思う】
そう言っていた。
レオとジルさんが、どういう関係だったのか分からない。
でも。
レオは今こうしている間も、戦っているのだろうか?
たった一人。
こんな夜中に。
体の不調を抱えながら。
「……レオ」
友人だ、と言ってくれた。
ずっと側にいてくれた。
背中を押してくれた。
だから今度は。
わたしが。
「……一人にはさせません」
くるりと方向を変えた。
視線の先には、真新しい工房。
最新の工具。
豊富な素材。
そして高火力の魔道炉。
先程までは、少しも心が動かなかった。
けれど今は。
「……使わせてもらいます」




