23 おかえり、馬鹿弟子
【本当にあんたは毎度毎度、要領が悪いわね! だから自分から貧乏くじ引くのよ! バカ? あんたバカ子供なの?】
「……嘘、だろ?」
思わず声が漏れた。
【ぎゃはは。 飲め飲め、バカ弟子! 男が酒ぐらい飲めなくてどうする! …はぁ? 年齢だぁ? 硬いこと言ってんじゃないわよ。 バレなきゃいいのよ、バレなきゃ!】
「……アイラ、なのか?」
震える声で問いかけた。
けれど、答えてくれる声はない。
【アイラ、だと? クソ生意気な口聞いてんじゃないわよ。 わたしのことは、アイラ様。 もしくはお姉様と呼べと、言ってるでしょ】
「……なあ、アイラ」
迫ってくる剣を、左右に避けながら。
必死で呼びかける。
剣を振り下ろす、角度。
踏み込む時の、体の沈み方。
月明かりの中、舞を舞っているかのようなその美しい剣技を。
俺は…俺の魂が、確かに覚えている。
そして。
ここまで見事に剣を扱える人間を。
───……俺は一人しか知らない。
「……なんでだよ。 あんた、化物みたいに強かったじゃねぇか」
【心して聞け、バカ弟子! なんとこの世界最強のアイラ様に、恋人が出来たぞ! さあ、祝え! 心の底から祝辞を送れ!】
「……そんな化物の相手をしてくれる男に奇跡的に出会って……今度結婚するって……」
迫ってくる剣を必死で避けながら。
俺の頭の中に次々と映像が浮かび上がってくる。
【これが最後の任務になるわ】
そうだ…。
この公爵邸での捜査が、最後の任務だった。
【テオドール殿下からの直々の依頼よ。絶対に成功させるわよ! そして、成功報酬ゲットよ!】
あいつが幸せ太りで3キロも体重増やしてきたせいで、侵入するだけでやたらと手間取って……。
【敵に情をかけるんじゃない、レオ! 任務中は、非情になれ! じゃないと死ぬのはあんただよ!】
何度もそう言われた。
なのに俺は。
【レオ! 危ない!】
ここで敵に情をかけて、無様に捕まった。
ああ、そうか。
俺は……。
【不吉な双子王子よ。 さあ、答えを聞こう。 どちらがどちらの『影』になるのだ?】
【……俺が…なる。 テオに『影』、なんて器用な生き方出来るとは思えねぇからな】
【わたしが『王家の影』としての生き方、戦い方を教える、お師匠さまよ。 お師匠さま……って、なんかジジ臭い響きね。 いいわ、アイラ様と呼びなさい!】
【呼ぶわけねぇだろ、おばさん!】
【あんた才能ないわ。 そんなんじゃ、すぐ死ぬ。 やめて、援護班にでも行きな】
【うるせぇ! もう一回だ! ぜってぇ諦めねぇ!】
【このアイラ様の結婚が決まったわよ! 見なさい、バカ弟子! この薬指に光る指輪を!】
【……こんないつ死ぬかわからねぇ仕事やってんのに。 恋愛とか…正気かよ】
【あんたもいずれ分かるわよ。 どう見てもマヌケなのに、かわいい。 バカバカしいのに愛おしい。 で、どんなことをしても守りたい。 それが恋、よ】
【俺にはわかんねぇし、必要ねぇ】
【ふふ。 『影』の皆さんですね? わたしの研究に目をつけるとは流石、お目が高い】
【お兄ちゃん、助けて】
【レオ! 危ない!!】
────ああ、そうか。
全部、思い出した。
俺は。
存在すら許されなかったこの国の。
────第一王子、レオンハルト=アルヴェインだ。
そして。
結婚を目前にしたアイラとの最後の任務で。
俺はヘマをした。
「ア、イラ…」
呼びかけに、反応は一つとしてない。
だけど。
分かっている。
思い出した。
あれは、アイラだ。
「……アイラ、だろう?」
大きく後ろに飛んで、距離を取ったアイラに、話しかける。
返事は依然としてない。
そう思ったが。
『…レ、オ…』
最後の力を振り絞ったかのような、弱々しい声が聞こえた。
耳から聞こえたんじゃない。
ずっと俺を呼んでいた、あの思念のようなもの。
あれは。
「……アイラ、だったんだな」
なのに俺は記憶をなくしてて。
気づきもしないで、見捨てて逃げた。
こんなに。
『レ、オ……は、やく…帰……』
こんなに俺を呼んでいたのに。
【レオ! 危ない!!】
最後に聞こえたアイラの声。
その先の記憶はない。
何が起きたのか俺は知らない。
だけど俺が生き延びて、アイラがここにいる。
だったら、また。
「また、俺を庇ったのかよ…」
口が悪くて、酒癖も最悪で。
でも、この女はそういうやつだった。
両手を強く握りしめる。
握り込んだままの、短剣の感触が生々しい。
「アイラ…」
ギギギ、と。
まるで返事をするように機械音が響く。
黒い体が、ぎこちなく沈む。
多分あれを動かしているのはアイラじゃない。
公爵が組んだ術式が、無理矢理アイラを動かしている。
アイラが地面を蹴った。
一気に距離が縮まる。
まず右。
体をひねって躱す。
次は左。
持っていた短剣で軌道をずらした。
「誰に剣技を仕込まれたと思ってる!」
あんただ!
この国で最強の剣士に教わった。
だから。
【卒業試験よ、レオ! わたしを超えみせろ! ま、できないだろうけどね】
そう言われたのはいつだったか。
あの時は結局勝てなくて。
無様に地面に転がされたが。
「もう…負けねぇ。 ぶん殴ってでも、止める!」
踏み込み方。
切り込みの角度。
足払いのタイミング。
フェイントの入れ方。
教わったことを一つ一つ思い出し、対処していく。
そして。
何度目かの打ち合いの末。
アイラの左腕がわずかに下がり、胸ががら空きになった。
ドクっとありもしない、自分の心臓が高鳴ったような気がした。
左胸。
他の部分と同じ、黒い金属があるだけのそこには。
けれど多分、俺と同じように重要な魔術式が隠されている。
今までのアイラの動きを見れば、それは間違いない。
つまり今なら、アイラを止められる!
条件反射のように、右手に持った短剣を突き出した。
【敵に情をかけるんじゃない、レオ! 任務中は、非情になれ! じゃないと死ぬのはあんただよ!】
何度も何度も言われた。
なのに俺は、その教えを守れなくて、結果大事な人を巻き込んだ。
だけど。
ピタッ。
アイラの胸に当たる前に、俺の剣先が止まる。
「できねぇ、よ」
出来るわけが、なかった。
俺に戦う術を教えてくれたのは。
存在を許されなくて、一番苦しかったときに側にいてくれたのは。
この口も酒癖も悪い。
最高にかっこいい俺の。
「姉…貴…」
だから。
ギギギと、機械音が鳴り響く。
ゆっくりとこちらを見上げるアイラ。
その顔が、なぜだか酷く歪んだように見えた。
そんな訳あるわけがない。
そもそも顔が、仮面で隠されている。
表情なんて見えるわけがないのに。
でも、確かにそんな気が、した。
そして。
何の前触れもなく。
アイラはゆっくりと後ろに倒れて。
────動かなくなった。
「…アイラ!!」
『……は、やく…カ…イル…と…こ…』
それでも声は聞こえてくる。
小さな小さな、いつ消えてもおかしくないような声が。
ずっと俺に訴えかけてくる。
「ああ、待ってろ! 必ず連れてってやる! その前にお前の体を探してくるからっ!」
『か⋯か⋯から⋯だ⋯カイ、ルの⋯』
「カイル? カイルのところにあんたの体があんのか?」
『カ⋯イル⋯帰⋯』
途切れ途切れで、酷く聞き取りづらい。
だけど多分。
帰りたい、と。
そう言っている。
早く、帰りたい、カイルの元に、と。
「そうか。 ⋯うん。 帰ろう、あんたの最愛の人のところに」
【何かあったらここで集合よ。 カイルがここでわたしたちが帰ってくるのを待ってる】
「ああ。 あんたの婚約者様は、きっと今でもあそこであんたを待ってる」
あんたの体と一緒に。
だから。
帰ろう、アイラ。




