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22 真夜中の公爵邸

フィガロ公爵邸の北側。

主屋の死角となる場所に、俺は一人立っていた。

時刻は午前2時。

この時間が一番注意力が散漫になり、眠気を誘う。

つまり、忍び込むには一番都合がいい。


【邸宅の北側、バラ園の生け垣に隠れた基部に細工を施した】


月明かりの届かない北側の外壁は、分厚いツタの葉に覆われていた。


……よし、ここだな。


ツタを掻き分けてみれば、すぐに見覚えのある歪な角石が見えた。

迷うことなくそれに手をかけ、力を込めれる。

ほとんど音を立てることなく、石は手前へと引き抜けた。


……前回もこうやって潜入したんだったな…。


あの時は、口うるさい相棒が一緒で。

ああ、そういや、あいつのせいで、石を3つも外すハメになったんだった…。

幸せ太りも大概にしろ、ってんだ。


だが、このペン吉ボディなら、一つ外せば十分通れる。


出来た隙間に、するりと体を滑り込ませる。

眼の前にはバラ園が広がっているので、見張りがいたとしても見つかりにくい。


なんなく潜入に成功し、そのまま闇に溶け込むように進む。


相変わらず見張りが多いな。

けど、時間帯のせいかやはり動きが鈍い。

いける。


【まず主屋を探すわよ】


ああ、分かってるよ。


記憶がまだ曖昧で、はっきりとは思い出せない。

だが、あの時も、こうやって相棒と主屋に向かってそこで……。


そこまで思った時。

ふと、胸の奥がざわついた。


『……レ…オ……は、やく…』


また、あの声だ…。


数週間前、ここに忍び込んだ時にも聞こえた。

俺を呼ぶ声。


誰だよ。

なんで俺を呼ぶんだよ。

俺に何をしてほしいんだ。


わからない。


なのに。

あの声を聞く度に、胸が酷く痛む。


それに。


『……レ………オ……』


前に来たときより、ずっと弱々しい。

今にも消えてしまいそうなほど。


ズキッと、また胸がどうしようもなく痛んだ。


「くそ!!」


くるりと方向を変える。

主屋とは別方向。

俺にはもう寄り道している時間なんてない。


分かっているのに、どうしても。


俺を呼ぶ声を無視することが出来なかった。




声が聞こえる方に向かってひたすら走る。


「……なんだよ、端まで来ちまったじゃねぇか」


見上げた視線の先に、敷地を囲う高い外壁が見えた。


周囲を見渡してみる。

めぼしい建物は何もない。

ただ外壁の手前に、大小様々な物が無造作に置かれているのが分かった。


「……いや、置かれてるっつうか、こりゃあ…」


打ち捨てられている。

そう表現するほうがきっと正しい。


すぐ脇には焼却炉が見える。

おそらく、あそこで焼却される予定のもの、なのだろう。


『レ……』


また、声が聞こえた。

ゴミの山の中から、だ。


ま、聞こえるとはいっても、耳で拾った音じゃねぇんだけどな。


「さて、俺を呼んでるのは一体誰…だ…?」


踏み出した右足が。

なんの前触れもなく、空中でピタリと止まる。


くそ、またか!


体が言うことを聞かない。

視界がチカチカと明暗を繰り返し、意識が飛びそうになる。


グラッと揺れる体。


このままじゃまずい。


受け身も取らずに転がったら、相当な音が出る。


分かっていたのに。

ペン吉ボディは俺の意志を無視して、無様に地面に転がった。


ガシャン。


大きな音が辺りに響き渡る。


自由に動かない体。

闇に引きずり込まれそうになる意識を必死で繋ぎ止め。

倒れたまま、周囲の様子を確認する。

近づいてくる足音は、ない。


ホッと安堵の息を吐き出した時。


ギギギギ。


不気味な機械音が、静寂を切り裂くように聞こえてきた。


山のように積まれた廃棄物の中。

ゆっくりと何かが動いた。


ギギ。

ギギギ。


気味の悪い音を響かせながら、それはぎこちなく立ち上がる。


頭、胴、腕に足。

闇の中浮かび上がるシルエットは、人間、だ。

だが、人間にしては動きがおかしい。

それに細すぎる。


「……人型の魔道具?」


思わず出た呟きが聞こえたかのように、それはゆっくりと顔をこちらに向けた。


雲が切れたのか。

月明かりがその異様な姿を映し出す。


背丈は、成人女性ほど。

細すぎる体を覆うのは、鈍い光を放つ真っ黒い金属。

顔の部分には、銀の仮面がはめ込まれている。

関節部分は複雑に組まれ、両手にそれぞれ細剣を握っていた。


「……両手に、剣とか。 もう嫌な予感しかしねぇな…」


なのに、体が動かない。

意識は随分とはっきりしてきたが、何度起き上がろうとしても上手くいかない。

 

ギ、ギギ。


魔道具の体がわずかに沈んだ。

踏み込んでくる。

思った瞬間、そいつは突進してきた。


速い。

逃げないと。

だが体がどうしても動かない。


月明かりの中、そいつが右手を振り上げたのが嫌にゆっくりと見えた。


鈍く光る剣の軌道を、先読みして。

ゾッとした。

狙われているのは左胸、つまり人間なら心臓がある場所。


心の何処かで、ペン吉ボディなら剣撃も受けられると思っていた。

だが。


【胸のところにある魔術式だけは、傷つけないように気をつけてください】


左胸はだめだ。


懸命に体を起こそうともがく。

だが、やはり動かせない。


鈍く光る刀身が、左胸に真っ直ぐに振り下ろされる。


……なんだよ、走馬灯なんて見えやしねぇじゃねぇか。

ただ。


【ああ! わたしのペン吉君が!】

 

ニーナのそんな声が頭をよぎった。


くそ、こっちは死にそうだってのに、随分呑気だな、ニーナ。

あ〜、またペン吉壊したら、お前プンプン怒るんだろうなぁ。

いや、それより。

……泣く、かな。


覚悟を決めて、目を閉じることも出来なくて。

徐々に迫ってくるそれを、睨み続けた。


その時。


【ペン吉君!!】


……ニーナ?


ガキン。


硬い何かがぶつかる音と同時に、火花が上がった。


刃が止まっている。

左胸に届く寸前で。


一瞬何が起こったのか理解できなかった。

けれど。

すぐに理解した。

俺のマント。

センスを本気で疑うような黒いマント。

そして、明らかにそれに不釣り合いな豪華すぎる留め具。


変態具合を更にレベルアップさせるその装備品に、散々悪態をついた。

お前正気かと、文句も言った。


その留め具から。


【はい、そこは頑張りました! ……ペン吉君はなにかと危なっかしいので】


───俺を守る防御術式が展開されていた。


「…くそ、ニーナめ…」


こんな高度な術式仕込んでんじゃねぇよ。


強烈な愛しさが込み上がってきて、泣きそうになった。


ま、魔道具じゃ泣けねぇんだけどな。


黒い魔道具が、不気味な音を響かせて左腕を振り上げた。


くそ、ちょっとは感傷に浸らせろ!


ガキン。


続く二撃目も、防御術式に弾かれた。

だけど次はもう無理だ。


両手を握りしめる。

動く。

足は。

よし、いける。


後ろに転がって距離を取り、すぐさま立ち上がり応戦する。


黒い魔道具が、身を深く沈めた。


来る。


一気に詰められた距離を、右に飛んでやり過ごす。


「……すばしっこいだろ、このペン吉ボディはよ」


ただし攻撃力はゼロに等しいがな。


けれどそれを悟られないように、不敵に笑みを浮かべたまま。

腰に下げた収納袋から、短剣を二本取り出し両手にそれぞれ持った。


戦いは、勢いに押されると負ける。

だから引かねぇ!

押し込め!


ペン吉の小さな体を更にかがめ、地面を蹴る。

一気に距離を詰め、射程に入ったと同時に剣を切り上げたが。


「…くそ、これを避けんのかよ」


あっけなく避けられた。

多分あっちは戦闘重視の作りをしている。

動きが半端なく速い。


「…だけど、負けねぇ!」


右、左、また右。

少し距離を取ってからの踏み込み。


それらを必死で避けながら。


「……なんだよ、これ…」


凄まじい既視感に襲われた。


「……俺…この剣筋…知って、る?」


【へたくそ! やり直し! わたしの剣を受けられるようになるまで、何万回でもやってもらうわよ!】


切り上げと見せかけて、フェイント。

足払い。

体全てを使った、美しい剣技。


【このバカ! いちいちフェイントに引っかかるんじゃないわよ! ピュア男(オ)か!】


右の細剣がひらめいた。

ギリギリ避ければ、間髪入れずにまた左。


【体に叩き込むのよ! 何度も何度も!】


そうだ。

何度も叩き込まれた。

この、剣技。


右。

次はきり上げ。

体勢が崩れたところを足払い。


知ってる。

なんでだ。

こんな不気味な魔道具なんて知らない、のに。


そんなわけ絶対ねぇ、のに。


なのに。

俺は、知っている。


これは。


この動きは⋯。


俺に生きる術を与えてくれた…。


「───…アイ、ラ?」











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