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21 人を魔道具に変える方法

目を開けると、知らない天井が見えた。

体を横たえたまま、ゆっくりと周囲を確認する。


どうやらわたしがベッドに丁寧に寝かされているみたいだけど。

視界に映るもの、全てに見覚えがない。

とても清潔で広い部屋。

備え付けてある家具は、わたしでも分かるほど高級品ばかり。


ここは、どこでしょうか?


ゆっくりと体を起こすと、ふわりと嗅ぎ慣れた香りがした。


この花は、フィオレナ?


思った瞬間、ドアが開いた。


「やあ、ニーナ。 目が覚めたんだね、よかった。 丸一日以上も眠っていたから、薬が強すぎたのかと心配したよ」


穏やかに微笑むジルさんがそこに立っていた。


初めて会った時と何も変わらない穏やかな笑顔。

けれど、その笑顔を見た瞬間、背筋が冷たくなった。

目覚めた直後だった。

随分とタイミングが良くはないだろうか?

もしかして、監視されている?

それに薬、って?


……そうです。

ペン吉君を探していたときに、ジルさんの声がして、それから……


そこからの記憶がない。

つまり。


薬で眠らされてここに連れてこられた?


恐怖で体が震え、血の気がさっと引いていく。


どうして。

どうしてジルさんが。


「ああ、ニーナ、大丈夫かい? 顔色が良くないよ。 よかったらお茶でもどうかな。 今用意させるからこっちに座るといい」


そうしてジルさんは、わたしの返事を待たずに、部屋に備え付けられていたソファの一つに腰掛けた。

足を組んで穏やかに微笑んでいるジルさんに、今は底しれない恐怖を感じる。

ここにいたくない。

すぐにでも逃げ出したい。

けれど。

ちらりと周囲を確認する。

大小様々ある窓には全て鉄格子がはまっている。

それに今なんとかして逃げたところで、体力のないわたしではすぐに捕まってしまう。

だったら。


わたしは、歯を食いしばって顔を上げた。


今は情報が必要です。


覚悟を決めて、ジルさんの向かいのソファに腰掛ける。

視線はジルさんから外さないまま、ドクドクと早打ちを繰り返す心臓をなんとかなだめ続けた。


やがて。


コン…コン、コン、と随分リズムの悪いノック音が聞こえて。

ドアが内側に開かれた。


カタ。

カタカタ。

カタカタカタ。


不気味な機械音を響かせて現れたのは、子供ほどの背丈の人型魔道具。

不格好な頭には、見事な金髪が取りつけられていて。

両手にお茶を載せたお盆を持っている。


「……おま…お待たせ、しました…ご主人、さま…」


ギギっと音を立てながら、お茶を並べてくれている魔道具を見て。


「関節部分の接続がおかしいです。 魔力回路も、うまく回ってないように思います」


ほとんど無意識に出た言葉に、ジルさんが嬉しそうに目を輝かせた。


「そうなんだよ。 これは初期のモデルなんだけど、なかなか調整が難しくて。 君のようにうまく……」

「お前の……お前のせいだ…」


ジルさんの言葉を遮るように聞こえてきた呪詛。

不格好な魔道具の頭がぐるりと回って。

空虚な瞳がわたしを、射殺すほど強く睨みつけた。

強烈な敵意と憎悪に、身がすくむ。


「…お前が…お前があの時……お前が…お前のせいで…」


この、声…。


耳に残る、低いダミ声。

聞き覚えがあった。

でも。

そんなはずはない。

だって、あの人は人間だった……。

もしかして、音声機能があの人をモデルにして……。


頭に浮かんでしまった恐ろしい仮説。

それを、必死で否定するわたしを。


「はは、駄目じゃないか、カエサル」


その一言が止める。

一瞬心臓まで止まった気がした。


「…カ、エサル…?」


脳裏をよぎったのは、頭が少し淋しくなった背の低い男性の姿。

顔はよく覚えていない。

でも、その名前はつい最近聞いた。


……ペン吉君に追い返された、使者さんの名前、です。

ジルさんは、相応の処罰を与えたって。


それが。


まさか…。


────人が魔道具、に……?


どっと全身から汗が吹き出した。

足の先から血の気が引いていく。


「さあ、カエサル? お客様に失礼だから、早々に出ていきなさい」

「……はい、ご、主人、さま…」


カタ。

カタカタ。

カタカタカタ。


よろよろと左右に揺れながら、魔道具は……違う、カエサルさんは帰っていく。

小さな声でずっと。

……わたしへの呪詛を口にしながら。


「…い、今のは……」


「わたしの屋敷にきた、あのカエサルさんですか?」と。

そう問いかける言葉が、震えて続かない。

「そうだ」と言われる未来しか想像できなくて。

答えを聞くのが怖かった。


「ごめんね、ニーナ。 彼には後でよく言っておくから」


眉根を下げて、申し訳なさそうに微笑むジルさんが心底恐ろしかった。

恐ろしかった、けれど。

でも、とわたしの頭がゆっくりと思考を始める。


どこかに刻まれている術式を見ないと、はっきりとは分からないけれど。

多分、あれは。

あの魔道具は、魂の受け皿。


状況としては、ペン吉君と……違う、『レオ』と同じ。


【俺の記憶も……もしかしたら本体も、フィガロ公爵に関係してる、んだと思う】


衝撃が、体を突き抜けていった気がした。

息がまともに吸えない。

自分の心臓の音が耳にうるさい。

でも、そう考えるのが自然だと思えた。


つまり。


───レオもジルさんによって、魂を引き剥がされた……?


「……あ、の…ま、どうぐ…は…」


声が震える。

でも。


楽しそうに笑っているペン吉君。

口を尖らせて拗ねているペン吉君。

辛そうに顔を伏せているペン吉君。


そして。

遠くに離れていくペン吉君。


彼の幸せをずっと願っている。

その思いは今も少しも変わってない。


だったら、ジルさんから何か少しでも情報を引き出さないと。


真っ直ぐに顔を上げ、冷たくなった手を握りしめる。


よく、見る。

そしてちゃんと気づく。


「あの魔道具には、人の魂が入っているのですか?」


少しの動揺も、嘘も、絶対に見逃さない。

じっとジルさんを観察する。


なのに。


「すごい、よく分かったね? そう、その通りだよ、ニーナ。 流石あなただ」


少しの動揺も、嘘も感じさせずに。

ジルさんはとても嬉しそうに顔を輝かせた。

そこには罪悪感も、動揺も、ない。


「あなたは……人を魔道具に作り変えているのですか?」

「うん、そうだよ」


また、あっさり、認めた。

そして続いた言葉に。


「魔道具なら壊れたら作り直せるし、病気も怪我もないし便利だろう? 今までの子たちも、すごく喜んでくれたよ」


強烈な嫌悪感と吐き気を感じた。


わたしと同じ技術者。

わたしと同じくらい強い探究心。

でも。

この人は、人も魔道具も等しく道具としてしか見ていない。


そして。

『今までの子たち』

被害者は沢山いるということ。


「体は…。 体はどうしたのですか?」

「体? ああ、勿論体の方もちゃんと調べているよ? 貴重な研究材料だからね。 魔力を流してみたり、強い薬剤を投与してみたり。 あえて弱らせてみたりもしたかな? でもまだ魂との相互関係がよくわからなくてね。 そこら辺も今後の課題になるかな」


ビクッと、自分の体が跳ね上がったのを自覚する。

人の体が、研究材料……?

今まで沢山の方の体が……。

そして。


───レオの体、も?


体が震える。

恐怖じゃない。

これは怒りだ。

わたしは、今、産まれて初めて、震えるほどの怒りを感じている。


「中々思うような結果がでなくてね。 魔道具に移した途端、元の人格と変わってしまったり、記憶が欠けてしまったりすることがあるんだ。 ……それとも、魂を引き剥がすやり方に問題があるのかな」


記憶が、欠ける?

その言葉に、息を呑んだ。


───レ、オ……。


ギュッと血が滲むほど強く両手を握りしめる。

カエサルさんが持ってきてくれた紅茶を、味わうように一口飲んで。

ジルさんが続ける。


「わたしの考えに賛同してくれた子を選んで、実験に協力してもらっていたのに…。 目覚めた途端、急に反抗的になったり、泣き叫んだりしてね。 とても困っていたんだ」

「それは……っ!」


それは人格が壊れたせいじゃない。

あなたが非道な行いをしたせいです。


そう続く言葉が。


チリン。

ふいに聞こえてきた、鈴の音で途切れた。

音の出どころは、ジルさんの胸ポケットのあたり。


耳を澄ましていないと聞き逃しそうなほど、小さな音だった。

なのに妙に心が騒いだ。


「……ふふ」


胸のポケットから小さな道具を取り出したジルさんが、嬉しそうに笑う。

子供のような無邪気な笑みだった。


「ごめんね、ニーナ? 君ともっと沢山おしゃべりしていたいんだけど。 どうやらかわいい猫ちゃんが、また追いかけっこをご所望のようでね」


ドクっと、また心臓が跳ね上がった。


猫、ちゃん?


それってまさか。


「ドロシーちゃん……のこと、ですか?」


あの日わたしは、ドロシーちゃんを置いて街に飛び出してしまった。

そのドロシーちゃんが、まさか。


そうじゃないといい。

でも。


「うん、そうだよ。 ドロシーさんは、わたしと追いかけっこをするのが、とても好きみたいなんだ」


「わたしは猫に好かれる体質なのかな」と嬉しそうに笑っているジルさんに、絶望で眼の前が暗くなる。


そんな……ドロシーちゃんまで…。

わたしが……無鉄砲に街に飛び出したりしたから…。


「ああ、そんな顔をしないで。 猫ちゃんにかまけて、あなたとの時間を蔑ろにしたりはしないから。 安心してほしい」

「…………」

「……何か欲しいものがあったら、カエサルに言うといい。 まだ数日は正常に動くはずだから」


部屋から足早に出ていこうとしているジルさんの言葉に、引っ掛かりを覚えた。

まだ数日は、正常に動くはず……?

それはまるで、数日後には動かなくなるような言い方で…。


【体にはどこも異常なんてねぇよ】


……そう言って笑ってたペン吉君。

何度調べても異常が見つからなくて。

なのに明らかに何かがおかしかった。

それは…。


「……魂は、体から長く離れていると……どうなるのですか?」


ジルさんが振り返る。

穏やかに微笑んだまま。


「うん、早いと一ヶ月くらいで消滅しちゃうかな。 そこがこの研究の一番の課題だね。 君にも手伝ってほしいんだ。 期待しているよ、ニーナ」

 

そう言い残して、ジルさんは部屋から出ていった。


カチリ。


外から鍵がかかる音。


閉じ込められた。

窓には鉄格子。

逃げられない。

でもそんなことよりも。


早いと一ヶ月で消滅。


その言葉が、脳内を駆け巡る。


ペン吉君が……レオが、わたしのところにやってきたのは、いつ…?

少なくとも、カエサルさんよりも前。

だったら…。


そこまで考えて。

恐怖で思考が停止する。


怖くて怖くて仕方がない。

考えたくないのに。

また思考がそこに戻っていく。


レオが。

あの人が生きられるのは、後どれくらい……?




 





「おや、ドロシーさん? 追いかけっこはもう終わりですか?」

「……あんた…何したのよ…」

「ふふ。 元気なのはとてもいいことだけど。 あまり走り回って、あなたの体に負担がかかったら大変だ」

「…う、ごけな…」

「うん、強制的に魔力供給を遮断させてもらったよ」

「……この…ク、ズ…」

「酷いなぁ。 わたしはドロシーさんともっと仲良くなりたいのに。 でも大丈夫。 少し眠って? 目が覚めたら、きっとわたしたちはもっと仲良くなれているよ」

「誰があんたなんかと!」

「ドロシーさんは、心配性だね。 さあ、もう眠って」

「…やめ…ニー…ナ」

「うん、おやすみ、ドロシーさん」



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