17 そんな機能はないはずなのに【ドロシー視点】
「酷いことを言って、ごめんなさい、ドロシー……ちゃん? ……さん?」
そう言って、迷うことなく頭を下げてきたエミリア(確かそんな名前だったはず)を、わたしは無感動に見つめていた。
もし事情を知っている人間が見ていたら、今は結構な感動シーンのはず。
なのに、『うわぁ、綺麗なうなじ』位しか思うところがない。
やっぱりわたしの感情機能は、人のそれほど豊かではないのだな、とぼんやりと思う。
「あの…ドロシー、嬢?」
なによドロシー嬢って。
わたしは貴族のご令嬢じゃないのよ。
そう思いながらも、返事をしないといつまでも謝罪が続く気がして。
伺うようにこちらを見上げているエミリアに、尻尾を振る。
ついでに。
「ニャ〜」
と猫らしく鳴いとけば、後は勝手に向こうがいいように解釈するでしょ。
こんな町中で喋って、また誰かにニーナを傷つけられでもしたらたまらないもの。
「ねえ、話し終わった? あ、ハンカチよかったら使って?」
「…あ、の………」
「さあ、レディ。 涙を拭いて。 ああ、そんな趣味の悪いハンカチでごめんね?」
「ちょっとライル! 趣味が悪いとは何よ!」
間を測っていたんでしょうね。
エミリアと一緒にいた、数人の男女がワラワラとニーナの方に走り寄ってきた。
ビクリとニーナの体が震え、逃げるように右足が後ろに下がる。
ちょっと! うちの子が怖がってるじゃないの!
空気を読めない子たちね。
止めに入ろうかしら。
そう思って一歩を踏み出した時。
「ねえ、エミリアの映写機、あなたが直したんだって?」
悪意を一つも感じない、弾む声に、わたしの足がピタリと止まる。
「あれ、一番大事な魔力回路が損傷してただろう? 部品も古すぎてもうなかったし」
「投影部も壊れてたわよね? どうやったの?」
ちらりとニーナの顔を見上げる。
そしてわたしは、はあとため息をついた。
さっきまで恐怖で強張っていた顔が、戸惑いながらもキラキラと輝き始める。
「はい、既存の部品ではあの魔力回路は直せません。 ですので新しく魔力回路を作り直しました」
「は? 作り直した? 同じ部品を再現したってこと?」
「いえ、そうではなく。 古い回路を再現しても、また同じ場所に負荷がかかり長くは持ちません。 ですので新しく組み直しました。 部品は銀の比重をより少なくして、軽量化するために……」
あ〜あ、ニーナのスイッチ押しちゃった。
こうなると長いのよねぇ。
わたしもパパさんも、今まで何度こうやって、理解できない話を延々と聞かされたかわからない。
……でも。
「まじかよ、その手があったか」
「だけどそうなると、耐久性に問題がでるんじゃないのか?」
「はい、ですので、それを補うためにほんの少しだけカレアの実を砕いて混ぜます。 すると2つの物質が混ざり合って…」
「カレアの実! それは思いつかなかったわ!」
わたしもパパさんも、相槌を打つだけで理解してあげることは出来なかった。
なのにニーナの話を聞いて、理解してくれる人がいる。
友達が欲しい、と言っていたニーナが。
ごめんなさい、と泣いてわたしに謝っていたニーナが。
今、沢山の人に囲まれて。
あの気の抜けたような笑顔を浮かべている。
わたしがずっと見たくて、でもずっと見ることが出来なかったあの顔を。
「……ったく、世話が焼けるわね」
そう呟いたわたしの頬を、何かが伝い落ちていく。
「⋯⋯⋯?」
何よこれ?
「おう、ドラ? 鬼の目にも涙ってか?」
いつの間に戻ってきたのか、ペン吉の茶化すような声に顔をあげる。
また弾みで、何かが頬を伝い落ちていった。
「バカね、魔道具に涙を流す機能があるわけないじゃない、人間じゃあるまいし」
確かに、目から液体が流れ出てくるけど。
オイルか何かが漏れてるんだわ。
最近ニーナがペン吉にかかりきりだったから、メンテナンスが不十分だったのね。
この変態パンツめ!
あんたのせいよ!
そう思って睨みつければ、ペン吉がニヤリと意味ありげに口角をあげる。
「ま、確かにただの魔道具には、泣く機能なんてねぇだろうけど」
そうよ、わかってんじゃないの。
「ニーナのダチとして泣いてんじゃねぇのか?」
「⋯⋯⋯⋯は?」
「ニーナも頑張ったが⋯⋯お前もさ。 長いことよく⋯」
噛み締めるように続いたペン吉の言葉に、不覚にも胸を刺された。
「───ドロシー⋯⋯お前もよく頑張ったな⋯⋯お疲れさん⋯」
「⋯⋯⋯っ!」
バカ言ってんじゃないわよ。
わたしは何も頑張ってなんかないし、疲れてもない。
ずっと頑張ってたのはニーナで。
一人になったニーナに、わたしは何も出来なくて。
ボロボロと、オイルが頬を伝い落ちていく。
「こ、これは涙なんかじゃないから」
泣く機能なんてないのに。
泣いていた、なんて思われたらたまらない。
ムキになってそう正せば。
「おう」と、ペン吉が事もなげに笑う。
何よ、ペン吉のくせに。
泣いてないのに、なんだか悔しいし恥ずかしい。
「あ、あんたこそ、よくニーナの邪魔しなかったじゃない? 最近は過保護っぷりも、板についてきたのに」
実際、明らかに怯えた顔をしたニーナを見て、ペン吉は飛び出そうとしてた。
エミリアの間に入るつもりだったんだろうけど。
それでもペン吉は踏みとどまり、黙って見守ることを選んだ。
「まあな。 ニーナが、自分で顔を上げて踏ん張ってんのに。 邪魔なんか出来ねぇだろ?」
沢山の人間に囲まれて、戸惑いながらも楽しげに笑うニーナを。
ペン吉は、目を細めて見つめている。
「ほんと、ニーナに甘いわね。 そう言えばあんた、さっき稼いだ金貨で、なんか買ってたわよね?」
「目ざといな」
「あ、もしかしてニーナへの貢ぎ物?」
「せめて贈り物って言え」
「って、あんたまさか、またパンツに入れて⋯⋯?」
「違うわ、アホ! ちゃんと収納袋に入れたわ!」
「収納袋? ⋯⋯ああ、ニーナに材料もらって夜中にチクチク作ってたやつ? その短い腕で!」
「短さ関係ねぇだろが」
ははは、相変わらずペン吉はアホね。
煩くて。
口が悪くて。
そしてちょっとだけいい奴。
そう思った。
その時。
「おい、ってかあの男、ニーナに近寄り過ぎなんじゃねぇのか? もうちょっと、距離、をあ、け⋯て⋯」
ペン吉の言葉が不自然に途切れた。
おかしな間に、不思議に思って顔をあげる。
そして。
「ペン吉?」
驚愕に見開かれた瞳。
呼びかけたと同時に、グラッと力なく傾くペン吉の体。
「ペン吉!」
倒れた体が、硬い地面にぶつかってガシャンと大きな音を立てる。
とっさに先ほどペン吉が見ていた場所を確認する。
《王家御用達 肖像画・記念写真 各種取り揃え》
そう書かれた看板の下には、色とりどりの絵葉書や、小さな額縁に収まった肖像写真が並んでいる。
国王、王妃、そして──微笑む若き王子の姿。
ちょうどペン吉の髪と同じ色の髪をした。
青い瞳の王子様の写真が、そこに飾られていた。




